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(1) 大樹は永い心の旅から戻ってきた

永い心の旅だった。

途轍(とてつ)もなく永い時間だった。


そして大樹は戻っていた。


デジャの物語は、大切なものだったが

大樹を慰めてくれるものではなかった。


大樹に課されたものが、何かを

否が応でも理解させられるものだったからだ。


だから大樹は

「デジャ」と言う言葉を

無理やり心から追い払おうとした。

それさえ無ければ

今の自分は悪くない存在に思えたのである。


そうだ、自分は地球に戻ってきたのだ。


大樹は思った。


大樹がさまよった心の旅は

現実の時間では僅か40分程のものだったが

実感としては想像を絶する程永いものだった。


年月として数えれば

人間の寿命を遥かに超える長さになるだろう。


そして大樹の今がある。


その心の旅で得たものは余りにも多かった。


知識だけでなく

現実に経験したのと変わらない

様々な学習もした。


人間の標準で考えれば

ある意味自分はスーバーマンである。


そう思った大樹

5歳の幼児の澄んだ微笑みを取り戻した。


遊びに熱中する表情である。


そして彼は、身体を水平に倒し

まるでスーパーマンの様に飛び始めた。

その飛行の素晴らしさは

恐らくスーパーマンのそれを遥かに上回るものだった。


瞬間的に時速400Kmを越えるスピードが出たが

それで発せられる音と言えば

身体の周りでほんの微かにサーッと言う風切り音がしているだけである。


大樹の周囲を覆う透明なバリアが

飛ぶのに最も適した形状に瞬間的に変化していた。

こんな事は朝飯前である。

数百Kmの速度から急に反対に方向を変える事も可能だった。


急停止しても

それは何の抵抗もなく実現した。


つまり大樹の身体に一切の付加がかかる事はなかった。


反重力制御装置の威力である。


まるでコンピュータ画面のグラフィックが切り替わる様に

物理法則から切り離された世界だった。


大樹はしかし、わざと反重力制御装置を外した。


そしてバリアの形を大樹の身体に密着させた。

本物のスーパーマンの様に飛びたかったからである。


この機械が送られてきた元の星でも

この機械が造られた時から遡って数十年の

スポーツフライトとして大流行した乗り方だった。


もちろん安全装置が付いていて

限界を超える操作をした場合は

機械が守ってくれた。


たちまち新宿の副都心の巨大な高層ビル群が迫ってくる。


大樹はその高層ビル群の都庁ビルの周りを

ぐるぐる巻きにする様に

回りながら高度を上げていった。


身体にかかる遠心力が心地よかった。


有名な建築家が設計したと言う

巨大でいかめしいビルの周囲を回りながら見ると

幾つかの窓の明かりが灯っている。

東京都の官吏が徹夜の残業をしているのだろうか。

しかし、彼らの目に透明な大樹の姿が映る事はない。

精々突然のつむじ風が窓に吹き付けるのを聞くだけだろう。


大樹はそのまま大空へ駆け上がった。


どんどん高度を上げていく。


空は晴れて、満月が見えた。


高度は既に3千メートルを越えている。


東京都の夜景が美しく広がっていた。

夏の夜でも上空は冷たい。


大樹はその温度の変化を感じていた。


温度変化は大樹の身体に

直接伝わっている訳ではなかった。


代わりに大樹の脳の

神経回路に直接に

リミッターで制御された信号となって伝わっていた。


つまり外気がたとえ零下100℃になろうが

大樹は身体に負荷を感じる事なく

それを感じる事ができた。


逆に3000℃の溶けた金属の海に浸かる事も可能だった。


つまり大樹は

3000℃の温度がどんなものかも理解できた。

もちろん実際の経験はなかったが。


高度は既に一万メートルを超えていた。


薄くなる大気とともに大樹の上昇速度が更に上がった。


大樹は取り憑かれた様に高く、高く空に登っていた。


その大樹の顔にはいつの間にか微笑みはなくなり

代わりに大樹は泣き始めていた。

両目からとめども無く涙が溢れてきた。


永い旅だった。


大樹が経験したのは、現実に等しい心の旅だった。


時間に換算すれば200年間にもなる旅である。


そしてその旅で経験した内容が凄まじかった。


そしてその旅から帰り、その旅の意味を理解した時

今度はそのとてつもなく大きな責任に苦しんでいたのである。


更に人類がこれから経験しなければならない

とてつもなく大きく、そして悲惨な事態を大樹は知っていた。


そして耐え難く辛い事は

これからどれだけ努力しても

人類が助かる可能性が非常に低い事だった。


そしてその状況を少しでも変化させる可能性があるのが

ただ一人、大樹だけだったのである。

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