逃げろ
翌朝、カイは灰銀色の獣を集落の外へ連れ出した。
正確には連れ出したのではなく、歩き始めたら獣が勝手についてきただけだった。
街道へ続く南の道。
森へ入る西の道。
二つが分かれる場所でカイは止まった。
「ここまでだ」
獣も止まる。
「俺についてくる必要はない」
首を傾げる。
理解しているのかは分からない。
カイは森を指した。
「行け」
獣が森を見る。
動かない。
「俺はお前を召喚した覚えもない」
カイは言葉を続ける。
「助けたから飼う気もない。そもそもお前が俺のものだって話が気に入らん」
獣の耳が動く。
「森へ行けば、人間から離れられる」
一歩横へ退く。
進路を空ける。
「好きにしろ」
若い護衛と年嵩の護衛が少し離れた場所で見ていた。
若い護衛が声を潜める。
「本当に離すのか?」
「本人が決める」
「本人って獣だぞ」
「だから?」
「いや……」
獣はカイを見る。
森を見る。
再びカイを見る。
かなり長い時間そうしていた。
やがて一歩、森へ向かう。
カイは動かない。
二歩。
三歩。
森へ入る。
灰銀色の身体が木々の間へ進んでいく。
途中で振り返った。
カイと目が合う。
それでも呼ばなかった。
「行け」
今度の声は小さかった。
獣が森の奥へ消える。
足音も聞こえなくなる。
若い護衛がカイの顔を覗き込む。
「寂しい?」
「一日しか一緒にいない」
「答えになってないぞ」
「お前、最近面倒になってきたな」
年嵩の護衛が笑う。
「名前くらい付けてから放せばよかったんじゃないか」
「付けたら余計に面倒だろ」
「戻ってくるかもよ」
カイは森を見る。
「戻る理由がない」
餌を与えた。
戦った。
それだけだ。
獣にとってカイと一緒にいる理由になるとは思えない。
だから自由にした。
それでいい。
商人のところへ戻る。
「終わったのか」
「ああ」
「では今度こそ宿場へ行くぞ」
「契約通り?」
「今さら言うな」
荷馬車が動き始める。
カイも歩き出した。
後ろからは何もついてこなかった。
元の旅へ戻っただけだった。




