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面談

翌朝、カイが慈善地区へ戻ると、旧診療棟の周囲には立入禁止の縄が張られていた。崩れた外壁の前では技術者が地面を掘り、施設職員が使えそうな備品だけを別棟へ移している。シアは昨日助けた子供たちに見つかるなり庭へ連れていかれ、ヴァレナは倉庫の在庫表を直す約束があると言って事務棟へ向かった。

カイだけが入口に残ったところへ、セヴェルが現れた。

「おはようございます」

「朝から監察か」

「仕事ですから」

灰色の祭服は昨日と同じで、護衛も2人だけだった。高位の聖職者らしい仰々しさはない。

「話って何だ」

「昨日の事故について、現場で確認したいことがあります」

セヴェルは書類を1枚見せた。

「事務室じゃないのか?」

「図面だけより、歩きながら見た方が分かることもあります」

「俺は建築士じゃないぞ」

「承知しています。ですが、最初に避難経路を決めたのはあなたでしょう」

理由としては筋が通っていた。

2人は崩れた診療棟の外周を歩き始めた。セヴェルは、シアが最初に異常を告げた位置、ヴァレナが金属梁を支えた場所、患者を降ろした窓を順番に確認する。質問も具体的で、事故調査そのものに見えた。

「最初に床下の破損へ気づいたのはシアさんですね」

「ああ」

「音を聞いた?」

「似たようなものだ」

「ずいぶん遠い異常まで分かったようですが」

カイはセヴェルを見る。

「事故原因の確認に必要か?」

セヴェルはすぐに引いた。

「今は必要ありません」

「今は、か」

「言葉尻を拾いますね」

「仕事柄、疑う奴を何人も見てきた」

「傭兵の仕事ですか?」

「軍にいた頃も含めてだ」

セヴェルは「なるほど」とだけ言い、書類へ何かを書いた。

カイは少し眉を寄せた。

「それ、事故の記録か?」

「半分は」

「残りは?」

「私の覚え書きです」

「隠さないんだな」

「隠した方が安心しますか?」

「余計に嫌だ」

セヴェルはわずかに笑った。

診療棟の確認が終わると、セヴェルはそのまま慈善地区の中央通りへ歩き出した。

カイは立ち止まる。

「まだあるのか」

「避難先の確認もしておきたいので。付き合っていただけます?」

「俺が必要な理由は?」

「昨日救助した方々の状態を知りたくありませんか」

質問の形をしているが、断りづらいところを突いてくる。

カイはため息をついて後を追った。

「お前、そうやって人を動かすのか」

「何のことでしょう」

「今のだよ」

「私はお願いしただけです」

「それが面倒だって言ってる」

通りの片隅では無料食堂が昼の仕込みを始めていた。大鍋から湯気が立ち、修道士と一般職員が野菜を刻んでいる。少し先の診療所では昨日の患者が歩行訓練を受け、道路脇では寄付された衣服を仕分けていた。

セヴェルが前を見たまま尋ねる。

「この国はお嫌いですか?」

「昨日来たばかりだ」

「では、宗教は?」

カイは横を見る。

「質問が飛んだな」

「そうでしょうか」

「事故の話から国の好き嫌い、次は宗教。どうつながってる」

「人は目の前の出来事を、自分の価値観を通して判断します。事故の時に何を優先したかを知るには、その人が普段何を嫌うかを知るのも役に立ちます」

説明は理屈として成立している。

だからこそ、カイは気に入らなかった。

「で、宗教が嫌いかって?」

「はい」

カイは道の反対側を見た。配膳前のパンを運ぶ若い修道女が、重そうな籠を抱えながら小走りしている。入口では老人が椅子に座り、食堂が開くのを待っていた。

「神の国っていう割には、神様はずいぶん人間に働かせるんだな」

セヴェルがわずかに目を細める。

「信仰への悪態ですか?」

「祈るのは勝手だ。昨日見た医者も修道士も、本当に人を助けてた。そこに文句はない」

「では何が嫌いです?」

「神様が何とかしてくれるって言って、自分でやるべきことまで放り出す奴だ」

セヴェルはすぐには返さなかった。

沈黙が数歩続く。

カイは、その間に何かを考えているというより、自分の言葉がどこまで本気なのか測られているように感じた。

やがてセヴェルが言う。

「では、英雄もお嫌いでしょうね」

カイの足が少しだけ止まった。

セヴェルは止まらず2歩進み、そこで振り返った。

「何でそうなる」

「神と英雄は、似た役割を与えられることがあります」

「全然違うだろ」

「自分では背負えないものを預ける先という意味では、似ています」

カイは黙った。

セヴェルは続ける。

「国が解決できない問題を英雄へ任せる。人々が恐れて近づけない敵を英雄へ任せる。英雄が成功すれば称え、失敗すれば、なぜ救えなかったのかと責める」

「随分、英雄に辛辣な司祭だな」

「私は英雄を批判していません」

「じゃあ誰を批判してる」

「あなたと同じ人々かもしれません」

カイの眉が寄る。

セヴェルは穏やかなままだった。

「英雄という存在が嫌いなのではなく、英雄がいるから自分たちは何もしなくていいと考える側が嫌いなのでは?」

「……誰から聞いた」

「何をです?」

「俺が英雄嫌いだって話だ」

「誰からも」

「じゃあ、何でそこまで当てる」

セヴェルは少し笑った。

「あなたは顔に出やすい」

カイは反射的に相手の目を見る。

セヴェルの瞳には変わった光も魔法陣もない。ただ、監察司祭という役職と、昨日から妙に人の反応を見る癖を考えれば、本当に表情だけを見ているとは思えなかった。

「精神系の術か?」

セヴェルは答えを急がなかった。

「心を読むことはできません」

「聞いたことに答えてない」

「精神眼と呼ばれるものは持っています。ただし、あなたが何を考えているか文章のように読めるわけではありません」

「何が分かる」

「感情の揺れや、言葉と気持ちが噛み合っていない時の違和感が少し」

「それで顔に出やすいって?」

「顔にも出ていますよ」

半分だけ本当を話しているような言い方だった。

カイはますますこの男が面倒になった。

「司祭ってのは、人の嫌がるところを突く訓練もするのか」

「監察には役立ちます」

「否定しないのか」

「嘘をつくと、今度はあなたに突かれそうですから」

2人は再び歩き出した。

孤児院の庭が見える場所まで来ると、シアが子供たちと走っていた。少し離れたところでミナが転びそうな子供を支えている。ヴァレナは倉庫の職員と話しながら紙束を整理していた。

セヴェルが何気ない調子で言う。

「あのお2人とは長いのですか?」

「シアは少し。ヴァレナは最近だ」

「ご家族?」

「違う」

「部下?」

「それも違う」

「では?」

カイは少し考える。

「旅仲間だ」

セヴェルはシアとヴァレナを交互に見る。

「命令には従わない?」

「必要なら聞く。納得しなければ言い返す」

「昨日も?」

「昨日は勝手に動かれた方が多かった」

「それでも一緒にいる」

「何が言いたい」

「確認しているだけです」

「何を」

「あなたが、強い相手をどう扱う人かを」

カイは足を止めた。

「事故調査から随分離れたな」

セヴェルも止まる。

「そうですね」

あっさり認められると、逆に調子が狂う。

「俺を調べてるのか?」

「今のところは、興味深い旅人として見ています」

「今のところ?」

「明日のあなたが何をするかは、今日の私には分かりません」

「そういう言い方が胡散臭いんだよ」

「よく言われます」

本当に言われているのだろうと思える程度には、本人の返事が慣れていた。

セヴェルは話題を変えるように、昨日救助した老人のいる診療所へ入った。老人は軽い打撲だけで済み、ベッドの上からカイへ何度も礼を言った。

「助けていただかなければ、あのまま床ごと落ちていました」

「シアが先に気づいた。ヴァレナも建物を支えた。俺だけじゃない」

「それでも入ってきてくれたでしょう」

カイは答えに困り、適当に「無事ならいい」と返した。

診療所を出ると、セヴェルが言った。

「昨日の護衛契約には、診療棟からの救助も含まれていたのですか?」

「入ってない」

「では、報酬は?」

「ない」

「命令は?」

「されてない」

「それでも入った」

カイは露骨に嫌な顔をした。

「何だよ」

「目の前で人が潰れそうだったから?」

「そうだ」

セヴェルはしばらくカイを見る。

その視線には笑いも称賛もなかった。むしろ、何かを照合しているような静けさがあった。

「そういう人間を、世間は何と呼ぶのでしょうね」

「呼ぶな」

「まだ何も言っていません」

「言おうとしただろ」

セヴェルの口元が少しだけ緩む。

「英雄、と」

「やめろ」

「なぜ?」

「勝手に名前をつけて、勝手に期待して、勝手に全部背負わせるからだ」

カイは自分でも思ったより強い声が出たことに気づいた。

セヴェルの表情がほんの少しだけ変わる。

納得したようにも見えた。

「なるほど」

「……何か確認できた顔するな」

「人を見るのも仕事の一部です」

「やっぱり調べてるじゃないか」

「昨日の救助者について理解が深まりました」

「言い換えただけだろ」

セヴェルは否定しなかった。

別れ際、彼は「午後に物資台帳の監査があります」とだけ告げた。

カイは反射的に尋ねる。

「それ、俺に関係ある?」

「今のところはありません」

「その言葉好きだな」

「便利ですから」

セヴェルが去った後、シアが駆け寄ってきた。

「何話した?」

「面倒な話」

「セヴェル、敵?」

カイは少し考えた。

「たぶん違う」

「味方?」

「それもまだ分からん」

ヴァレナが後ろから来る。

「その2択しかないの?」

シアが頷く。

カイはセヴェルの背中が見えなくなった通りを見る。

少なくとも悪意は感じなかった。

ただ、善意があることと、何も企んでいないことは同じではない。

セヴェル・アーデンは、必要なら相手が自分から答えを口にする場所まで会話を運ぶ男なのだろう。

カイはそう判断し、次に話す時は少しだけ余計なことを言わないようにしようと思った。

その決意がどこまで役に立つかについては、自信がなかった。

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