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神の国への仕事

翌朝、三人は再び傭兵窓口へ向かった。ヴァレナは宿を出る前から小さな帳簿を開き、歩きながら数字を確認している。

「現在の残金で、次の仕事を受けずに何日移動できますか?」

「俺一人なら結構」

カイはシアを見る。

「三人なら短い」

シアが不満そうに言う。

「何で私見る?」

ヴァレナが即答した。

「原因だからでしょう」

「ヴァレナも食べる」

「あなたの三分の一程度です」

「弱い」

「食事量で戦闘力を測らないでください」

カイは思わず笑った。

「シアが働くって言い出すくらいには金が減ったな」

シアが頷く。

「働く」

「成長したじゃないか」

「肉買う」

「目的は変わってないな」

傭兵窓口の掲示板には昨日までなかった長距離護衛依頼が追加されていた。行き先は宗教国家方面。輸送内容は医薬品、保存食、衣類、生活用品で、商業取引分だけでなく、地方教会、病院、孤児院、無料食堂へ届ける物資も含まれている。

期間は数日。

報酬は三人分の旅費を考えても悪くない。

カイが札を取る。

「これがいい」

ヴァレナが受け取り、内容を読み込む。

「宗教国家」

「ああ」

「どんな国?」

「信仰と教会の影響が強い。俺も詳しくは知らん」

「召喚生命は?」

カイは少し考えた。

「扱いは国ごとに違う。ネレイアや都市国家同盟と同じとは思わない方がいい」

ヴァレナは依頼書へ視線を戻した。

「行ってみたい」

カイが見る。

「珍しいな。お前から行き先を言うの」

「私はこの世界で、自分のような存在がどう扱われるのか知っておく必要があります。制度だけでなく、一般の人間がどう見るかも」

「研究熱心だな」

「自分の問題です」

シアが横から聞く。

「飯ある?」

カイはため息をつく。

「国を選ぶ理由が対極だな」

受付で詳細を確認すると、輸送隊は四台の荷車と商人二人、御者四人からなり、国境まで二日、そこから宗教国家内の地方都市までさらに一日ほどかかる予定だった。護衛はカイたち以外に二人の現地雇いが加わる。危険度は中程度で、街道盗賊よりも国境近くの魔獣を警戒しているという。

「仕事としては悪くない」

カイが言う。

ヴァレナはすでに地図を借りている。

「では計画を」

「待て」

「なぜ?」

「昨日の反省を生かす」

「私もそのつもりです」

宿へ戻ると、ヴァレナは机いっぱいに地図を広げた。経路、休憩地点、警戒配置、退避行動、敵の方向別対応まで書き込み始める。

シアはベッドへ座って眺めていた。

「長い」

「前回、計画が足りなかったでしょう」

「これ全部覚える?」

「最低限は」

「嫌」

「嫌では困ります」

カイも紙を見る。

内容は悪くない。軍の作戦書としてならむしろよくできている。しかしシアがこの全部を覚え、予定通り動く未来は想像できなかった。

「ヴァレナ」

「何?」

「多すぎる」

彼女が顔を上げる。

「あなたは少なすぎました」

「それは認める。でもこれは多い」

「ではどこを削る?」

カイはしばらく地図を見た。

軍にいた頃なら、命令系統を決め、遭遇時の対応を細かく割り振っていた。だがシアもヴァレナも部下ではない。能力も判断の仕方も違う。しかも二人とも、自分が見えていないものを見ている。

カイは地図の余白へ三つだけ書いた。

「まずこれだけ」

ヴァレナが読む。

一つ目。シアが敵を感知したら、方角と数を伝える。

二つ目。護衛中、ヴァレナは指示がない限り護衛対象から大きく離れない。

三つ目。どちらかが予定外に動く場合は声を出す。

「これだけ?」

「まずはな」

「敵の種類や地形で対応は変わるでしょう」

「その時考える」

「また現場判断」

「全部俺が決めるって意味じゃない」

カイは椅子へ座った。

「前回は俺が右だ左だって全部言った。それで勝った。でも毎回それじゃ、お前たちは俺の指示を待つことになる」

ヴァレナは黙って聞く。

シアも珍しく口を挟まない。

「だから先に、最低限だけ決める。後は自分で判断する。ただし何を見たか、何をするかは相手に伝える」

ヴァレナが尋ねる。

「それで連携できると思う?」

「知らん」

「知らない?」

「三人でまともに戦ったのはまだ一回だ。最初から完成してる方がおかしい」

カイは肩をすくめた。

「試して、駄目なら変える」

シアが紙を見る。

「三つなら覚える」

「だろ」

ヴァレナはしばらく三項目を見つめ、それから自分が作った長い計画書を畳んだ。

「納得はしていません」

「正直だな」

「でも試す価値はあります」

シアがヴァレナを見る。

「私が正しい」

「あなたの案は『敵を倒す』だけでしょう」

「強い」

「話を戻さないで」

カイは笑った。

少し前までなら、どう動くかは自分で決めればよかった。軍にいた頃なら、部下へ命令すればよかった。シアと二人だった頃も、自分が判断し、シアがそれを無視した時だけ止めれば大体何とかなった。

三人になると、それでは足りない。

しかも今後、人数が増えない保証もない。

自分が全員の目になり、耳になり、頭になることはできない。

なら、それぞれが見ているものを共有しながら動くしかない。

その夜、ヴァレナは自分の荷物を整え、宗教国家について宿の主人から簡単な話を聞いていた。礼拝の時間、教会の影響、都市によって異なる服装の慣習。シアはその横で保存食を数えている。

「それ、明日からの分だぞ」

カイが言う。

「数えてるだけ」

「口が動いてる」

「味も確認」

「減らすな」

ヴァレナが振り返る。

「宗教国家では食事前に祈る地域もあるそうです」

シアが固まる。

「食べる前?」

「そうです」

「長い?」

「場所によるでしょう」

シアは真剣な顔でカイを見る。

「別の国にする?」

「そこだけで決めるな」

翌朝、輸送隊は日の出とともに街を出た。先頭に商人の馬車、その後ろへ四台の荷車が続く。カイは中央、ヴァレナは後方、シアは街道脇を歩きながら地面の振動を拾う。現地雇いの護衛二人は前後へ一人ずつ配置された。

出発して十分ほどで、シアが言った。

「右、二」

カイの右手が剣へ伸びかける。

「距離は?」

「遠い。走ってない」

ヴァレナが後方から聞く。

「移動方向は?」

シアは少し足を止め、地面を確かめる。

「こっちじゃない」

「動物?」

「たぶん」

誰も走らない。

数分後、森の中から鹿が二頭現れ、輸送隊を見るとすぐに逃げていった。

シアが満足そうに言う。

「二」

「合ってたな」

カイが答える。

ヴァレナも少し笑った。

「悪くありません」

「私、すごい」

「そこまで褒めていません」

「褒めた」

最初の小さな確認は問題なく終わった。

昼の休憩では、カイはあえて三人の位置を変えてみた。シアを荷車の後方、ヴァレナを前方へ出し、自分は中央へ残る。

「何で変える?」

シアが聞く。

「お前が後ろからでも前の振動を拾えるか試す」

「できる」

「ヴァレナは前から荷車全体を見られる?」

「視界は問題ありません。ただし後方の死角は増えます」

「そこをシアが拾う」

ヴァレナは少し考えた。

「昨日よりは役割が重なりますね」

「片方が見落としても、もう片方が分かるくらいでいい」

シアは難しい顔をした。

「重なる?」

「二人で同じところを見るって意味だ」

「じゃあ敵いたら二人で倒す?」

「そこまでは言ってない」

ヴァレナが笑った。

休憩を終えて再出発すると、今度は左前方から大型獣らしい振動が近づいた。シアが「左、一、大きい」と伝え、ヴァレナが木々の隙間から角のある草食魔獣を確認する。街道へ出てくる気配がないと判断し、三人とも武器を抜かなかった。

カイはそれだけのやり取りに、昨日より余計な言葉が減っていることを感じた。まだ訓練と呼べるほどではない。それでも互いが何を見たかを声に出すだけで、判断の重なり方が少し変わる。

「これなら長い作戦書も要らない?」

カイがヴァレナへ聞く。

「必要です」

「即答かよ」

「ただ、全部覚えさせる必要はないという点は認めます」

「進歩したな」

「あなたも」

シアが二人を見て言う。

「二人とも遅い」

「お前だけは変わらんな」

三人の会話を聞いた前方の商人が振り返り、何がおかしいのか分からないまま笑った。輸送隊の空気は穏やかだった。少なくとも今のところは。

もちろん鹿や草食魔獣を見つけただけで連携が完成したわけではない。次に敵が現れれば、また別の問題が起こるかもしれない。それでも、何かを感じた瞬間にシアだけが走り、ヴァレナが止め、カイが怒鳴るという前回よりは少しだけましだった。

昼前、街道は緩やかな高地へ入り、遠くの山並みの向こうに宗教国家へ続く国境道が見え始めた。

ヴァレナがそれを眺める。

「この世界には、まだ知らない国がいくつある?」

「多いぞ」

「全部見るつもり?」

「仕事と金次第だ」

シアが言う。

「飯も」

「お前はそればっかりだな」

カイは笑いながら前を向いた。

三人旅には少しずつ慣れてきた。

三人で戦うことについては、まだ始まったばかりだ。

その先にある信仰の国で、自分たちがどう見られるのかも分からない。

ただ、分からないからといって立ち止まる理由にはならなかった。

輸送隊は朝の光の中を進み、街道は次の国へ向かって長く伸びていた。

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