三人いるのに遅い
左の斜面から飛び出してきたのは五人だった。服装も装備も揃っていないが、先頭の二人は盾を並べ、後ろの三人は弓と古い軍用魔導銃を構えている。間合いの取り方と互いの位置取りだけは素人ではなく、カイは戦争帰りの兵士崩れだと判断した。
「荷車を止めろ! 御者は伏せろ!」
叫びながらカイは左へ走る。
右の森ではすでに木が折れる音と短い悲鳴が上がっていた。シアが獣型へ変わって敵へ接触したらしい。
ヴァレナが右を見る。
「シアの援護に――」
「左だ!」
カイが叫ぶ。
ヴァレナが振り向く。その一瞬の遅れを狙って、盗賊の一人が魔導銃を撃った。
カイは風を横から叩きつける。銃弾は一台目の荷車の上を抜け、街道脇の木へ食い込んだ。
「ヴァレナ、左を止めろ! シアはそのまま右を潰せ!」
「了解」
ヴァレナの表情が切り替わる。右手を上げると赤金色の魔力が三つに分かれ、拳ほどの火炎弾となった。
一発目は盾持ちの足元。
二発目は弓兵の前。
三発目は魔導銃の銃身へ正確に当たる。
大きな爆発は起こさず、前進と射撃だけを止める精密射撃だった。
「やっぱり便利だな」
カイは盾持ちへ接近しながら言う。
相手が盾を突き出した瞬間に剣の腹で外へ流し、踏み込んで柄頭を顎へ打ち込む。男の身体が崩れる。もう一人が短剣を振り下ろしたが、腕に巻かれていた金属製の手甲が突然内側へ歪み、手首の動きを止めた。
ヴァレナの金属干渉だ。
カイは男の腹へ蹴りを入れ、そのまま後衛へ向かう。
「二人止めました」
「後ろ三人」
「見えています」
ヴァレナの指先に火が集まった。
その時、右の森から一人の盗賊が転がるように飛び出してきた。
後ろからシアが追ってくる。
人型へ戻る途中らしく灰銀色の魔力が身体の周囲に残り、足だけはまだ獣型に近い形をしていた。
「待て!」
カイが叫ぶより早く、シアは逃げる男へ飛びかかった。
その軌道が、ちょうどヴァレナと左後方の射手を結ぶ線へ入る。
ヴァレナは形成した火炎弾を即座に消した。
「シア、射線に入らないで!」
「敵いる!」
「見えています!」
「逃げる!」
「だからといって私の前を横切らないで!」
わずか数秒だった。
その間に左後方の盗賊が荷車へ走る。御者は伏せており、馬を動かせない。
カイが振り向く。
距離がある。
風を圧縮して地面へ叩きつけると、土と小石が跳ね、盗賊の足元が崩れた。男が転倒する。
「ヴァレナ、荷車から離れるな!」
「シアは?」
「今は右を任せる!」
「それでいいの?」
「いいから!」
ヴァレナは口を閉じ、荷車を中心に位置を取り直した。
カイが一つずつ指示を出し始めると、戦況は急速に安定した。
「シア、右から外へ出すな! 森の中で止めろ!」
「分かった!」
「ヴァレナ、射撃範囲は荷車から三十歩以内! 近づく奴だけ狙え!」
「了解」
「御者、馬を伏せさせる必要はない! 手綱だけ離すな!」
それぞれが役割を持つと、戦力差は明白だった。
シアは木々の間を縫うように移動し、盗賊の死角から足を払って一人ずつ無力化する。ヴァレナは狙撃手の武器や足元を火炎弾で射抜き、金属製の武器をわずかに変形させて照準を狂わせる。カイは二台の荷車の間を動き、空いた場所だけを埋めていく。
五分もしないうちに敵の半数が倒れた。
残った者たちが撤退を始める。
右側の森から戻ってきたシアが奥を見る。
「まだいる」
「追わない」
ヴァレナが即座に言った。
「目的は護衛です。退いた相手を追う必要はありません」
「一人いる」
「撤退しているなら放置していいでしょう」
「違う」
シアは地面へ掌を付いた。
「向こう、止まった」
「どこ?」
「上」
説明するより先にシアが斜面へ走った。
ヴァレナが声を上げる。
「だから勝手に――」
山腹で青白い魔力が瞬いた。
狙撃。
ヴァレナも意味を理解する。
シアの判断は正しかった。
遠距離射撃が放たれる。狙いは二台目の荷車。
カイが風の壁を展開したが、距離が短く、完全には逸らせない。魔力弾が荷車後部へ命中し、馬が驚いて横へ跳ねた。
車輪が街道端の柔らかい土へ落ちる。
「まずい!」
御者が手綱を引く。
二台目の荷車が斜面側へ大きく傾いた。
ヴァレナが走る。
「離れるなって言ったばかりだぞ!」
「落ちる方が問題でしょう!」
「それはそうだ!」
完全竜化はしない。右腕だけに赤褐色の鱗が浮かび、指先が鉤爪へ変わる。
ヴァレナは荷車の金属補強部へ手を掛けた。カイも反対側から肩を入れる。
「重い」
「商品が満載なんだから当たり前だ!」
「金属を動かします」
「車体は壊すなよ」
「分かっています」
車輪を覆う金属輪がわずかに変形し、柔らかい地面へ爪のように食い込む。落下が止まった。
カイは風を車体下へ送り込み、押し上げる力を補助する。
御者も馬へ声をかけ、ゆっくり前へ進ませた。
数十秒かけて荷車が街道中央へ戻る。
その間に山腹から短い悲鳴が聞こえた。
シアが狙撃手へ到達したらしい。
やがて彼女は人型で戻ってきた。肩へ一人の男を担いでいる。
「捕まえた」
「殺してないな?」
「生きてる」
地面へ降ろされた男は気を失っていたが呼吸はある。
「よし」
カイは周囲を見回す。
他の盗賊も撤退した。
戦闘は終わった。
死者はいない。
商人と御者にも怪我はない。
しかし傾いた荷車の中では木箱が二つ割れ、工具類と陶器が散らばっていた。陶器の一部は完全に割れている。
依頼人のハロルドは被害を確認し、それから三人を見る。
「いや、助かったんですよ。本当に」
カイは嫌な予感がした。
「何だ」
「皆さん、相当強いんですよね?」
「ああ」
「なのに、何でこんなに怖かったんでしょう」
カイは答えられなかった。
シアが言う。
「倒した」
ヴァレナがすぐ返す。
「それだけが仕事ではありません」
「全部守った」
「荷物が壊れています」
「少し」
「少しでも被害です」
シアの眉が寄る。
「ヴァレナ、遅い」
「あなたが早すぎるの」
「敵いた」
「いたからこそ、場所と意図を共有してから動いてください」
「動いた方が早い」
「それで私の射線を三回塞ぎました」
「当たってない」
「私が撃たなかったからでしょう」
「二人ともやめろ」
カイが止める。
ヴァレナがこちらを見る。
「あなたにも問題があります」
「俺?」
「最後まで全部あなたが決めた」
「決めなきゃ荷車が落ちてた」
「そうですね」
反論ではなかった。ヴァレナは素直に認める。
「だから今回は正しかった。でも、あなたがいなかったら?」
カイは口を閉じた。
シアが答える。
「私が倒す」
「それでは同じです」
ヴァレナは続けた。
「シアが感知した情報を私が知る前に彼女は動く。私は状況を確認するまで止まる。その間をあなたが全部埋めた。三人で戦ったのではなく、あなたが二人を別々に使っただけです」
「言い方が悪いな」
「間違っていますか?」
カイは散らばった工具を拾いながら戦闘を思い返した。
判断を間違えたとは思わない。逐次指示を出したからこそ、誰も大怪我をせずに済んだ。護衛対象もほぼ守った。指揮としては成功だった。
それでもハロルドの言葉が残る。
三人とも強いのに怖かった。
誰が何をするのか、三人自身にも直前まで分かっていなかったからだ。
拘束した盗賊の武器を集めていると、ヴァレナが一丁の古い軍用銃を拾った。
「この印は?」
カイが見る。
廃止された連隊の刻印だった。
「やっぱり元兵士だな」
「戦争が終わっても、戦い方だけは残った」
「そういう奴は多い」
「あなたも?」
ヴァレナの質問に、カイは少しだけ手を止めた。
「俺は金をもらう相手を選んでるつもりだ」
「それが違い?」
「少なくとも、荷車を襲う側にはならない」
ヴァレナはそれ以上聞かなかった。
夕方、目的地の宿場へ着くと、ハロルドは荷物の損害を改めて確認した。割れた陶器は少量で、工具類にはほとんど傷がなく、依頼契約上も護衛失敗には当たらないという。
「報酬は約束通り払いますよ」
ハロルドが言った。
「いいのか」
「盗賊を追い払って命も荷物も大半守ってもらった。あれで報酬を削ったら、次から誰も護衛を受けてくれません」
ヴァレナが横で小さく頷いた。
「合理的です」
シアは報酬袋を見て聞く。
「肉、何本?」
「その換算をやめろ」
カイは答えながらも、依頼人が怖かったと口にした事実の方を重く受け止めていた。結果だけなら成功している。それでも過程は危うかった。戦力差で押し切れたから問題が表面化しなかっただけだ。
ハロルドが去った後、ヴァレナが言った。
「次は改善しましょう」
シアも珍しく反対しなかった。
「次は当てさせない」
「まず射線に入らないでください」
「分かった」
「本当に?」
「たぶん」
ヴァレナがため息をつき、カイは少し笑った。少なくとも、二人とも次がある前提で話している。それだけは悪くなかった。
目的地へ向けて再出発した後、シアはいつもより荷車の近くを歩いた。ヴァレナも後方へ戻ったが、何度かシアへ視線を向ける。
二人とも相手のせいだけにしているわけではない。それが分かるからこそ、カイは余計に考え込んだ。
自分が命令すれば戦える。
だが、自分がいなければ噛み合わない。
それは今すぐ困る欠点ではない。それでも人数が増え、戦場が広がれば、いつか自分一人の声では届かなくなる。
その時までに何を変えるべきなのか、カイにはまだ答えがなかった。




