計画通りにいかない
地方都市へ到着した翌朝、三人は傭兵窓口へ向かった。都市国家同盟は大小の都市が商業路で結ばれているため、掲示板には商隊護衛、倉庫警備、魔獣駆除、失踪者捜索、街道巡回といった依頼が隙間なく並んでいた。
シアは迷わず一枚の札を取った。
「これ」
カイが見る。
「沼地の甲殻魔獣駆除?」
「肉」
「食用とは書いてない」
「食べて確認する」
「依頼主に怒られるぞ」
「何で?」
「討伐証明に必要な部位まで食ったらどうする」
シアは依頼札を見直した。
「脚なら残す」
「戻せ」
隣でヴァレナが別の依頼を読んでいる。
「この二台の商業貨物護衛は?」
カイが受け取った。
目的地は次の地方都市。距離は一日半。危険度は低く、主な警戒対象は戦後に増えた街道盗賊と小型魔獣。荷物は布製品、加工食品、工具類で、特別な危険物はない。報酬は高くないが、三人分の宿代と食費を補うには十分だった。
「これでいい」
カイが言う。
「詳細を確認します」
ヴァレナは受付から周辺地図まで借りてきた。
「一日半だぞ」
「だから?」
「大きな作戦じゃない」
「護衛対象が二台あります」
ヴァレナは地図を机へ広げる。
「出発は明朝。街道の最狭部がここ。森林区間が二か所、橋が一つ。初日はこの宿場で休めますが、荷車の速度が予定より一割落ちると日没後の到着になります。休憩を取るなら――」
「待て」
カイが止めた。
「そこまで決めなくていい」
ヴァレナが顔を上げる。
「なぜ?」
「この程度の依頼なら現場で見れば分かる。予定通りにならないことの方が多い」
「だからこそ、予定外が起きた時の判断基準を先に共有するのでは?」
「俺がその場で決める」
言ってから、カイは一瞬だけ言葉の響きが昔と同じだと思った。部隊を率いていた頃なら、それでよかった。状況が変われば指揮官が命令を変える。部下は命令を実行する。
ヴァレナは少し眉を寄せたが、そのことには触れなかった。
二人の間で地図を覗いていたシアが言う。
「敵来たら倒す」
ヴァレナの視線がそちらへ移る。
「それは作戦ではありません」
「倒したら終わる」
「護衛対象を守る仕事です」
「敵倒したら守れる」
「あなたが右側へ走っている間に左から別の敵が来たら?」
シアは少し考えた。
「カイが倒す」
「俺を最初から余剰戦力にするな」
「ヴァレナも倒す」
「そういう話ではありません」
受付係が笑いを堪えている。
カイは地図を畳んだ。
「前に俺、後ろにヴァレナ。シアは周囲の索敵。何かあったら声を出す。それで十分だ」
「声を出して、その後は?」
「その場で決める」
ヴァレナは納得していない顔だったが、依頼自体に反対はしなかった。
翌朝、依頼人と合流した。四十代半ばの商人で、名前はハロルドと名乗った。二台の荷車には布、乾燥果実、陶器、農具などが積まれ、それぞれ御者が一人ずつついている。
ハロルドはカイたちを見て、特にヴァレナへ目を止めた。
「三人とも護衛ですか?」
「そうだ」
「そちらのお嬢さんも?」
シアが言う。
「強い」
「見た目では分からんもので」
ハロルドは笑い、傭兵窓口で確認済みの契約書を見せた。そこにはカイの傭兵登録、シアとヴァレナの戦闘召喚契約が正式に記載されている。
「これだけいれば今回は楽ができそうですな」
カイもそう思った。
出発後、最初の数時間は何も起きなかった。シアは街道脇を行き来し、時々立ち止まって地面から振動を拾う。ヴァレナは二台の荷車の速度差を測り、休憩にかかった時間を小さな帳簿へ記録した。
「何でそこまで書く?」
「到着予測を修正しています」
「一時間遅れても死なない」
「日没後の街道は危険度が上がります」
「その時は手前で泊まる」
「宿泊費が増えます」
カイは口を閉じた。
ヴァレナはすでに、金の話をすればカイの反応が変わることを学んでいる。
昼休憩では、シアが森から赤い木の実を持ってきた。
「食べられる?」
ヴァレナが聞く。
「食べる」
「質問への答えになっていません」
シアは一つ口へ入れ、何度か噛んで飲み込む。
「食べられる」
「毒だったら?」
「毒なら分かる」
「どうやって?」
「食べたら」
ヴァレナが額へ手を当てた。
「その確認方法はやめてください」
カイは少し離れたところで笑った。
「シア相手に全部理由を求めると疲れるぞ」
「ではあなたはどうやって管理していたの?」
「死ななそうならある程度好きにさせる」
「管理していないだけでは?」
「そうとも言う」
「それでよく今まで無事でしたね」
シアが胸を張る。
「強いから」
「あなたではなく、周囲がです」
午後になると街道は緩やかな丘陵地へ入り、古い防風林が両側に続いた。戦争中に使われた簡易塹壕が草に埋もれて残っており、その近くには折れた標識や砲弾跡もある。
ヴァレナが一つの塹壕を見て足を止めた。
「この辺りも戦場だった?」
「補給路を巡って何度か小競り合いがあったらしい」
カイが答える。
「あなたは?」
「ここでは戦ってない」
「戦争が終わって、兵士はどうなる?」
「国に残る奴もいれば辞める奴もいる。仕事が見つかればいいが、全員がそうじゃない」
ヴァレナは街道脇の壊れた監視所を見る。
「だから盗賊になる者も?」
「いる」
「戦えることしか残っていない?」
「そういう奴もいる」
カイはそれ以上説明しなかった。自分も戦争が終わった後、傭兵という形で戦う仕事を続けている。違いがあるとすれば、誰から金を取るか、どこまで規則を守るか、その程度なのかもしれない。
初日は予定より少し早く宿場へ到着した。
ヴァレナは自分の計算が合っていたことに満足し、シアは夕食が早く食べられることに満足した。カイは両方を放っておき、依頼人と翌日の道程だけ確認した。
夜、宿の裏手でシアが地面へ掌をついた。
「何かいる?」
カイが聞く。
「動物。いっぱい」
「人は?」
「町の中」
「当たり前だ」
ヴァレナが隣へしゃがむ。
「どの程度の距離まで分かるの?」
「大きいのは遠く。小さいのは近く」
「人数は?」
「動いてたら分かる」
「方向は?」
シアが指を何度か動かし、北の森を指す。
「こっち」
「便利ですね」
ヴァレナが素直に言う。
シアの耳が少し動いた。
「褒めた?」
「ええ。あなたの索敵は私より優れています」
シアは満足そうに立ち上がる。
「ヴァレナ、遅いけど強い」
「余計な一言がついています」
カイはその会話を聞き、二人が互いの能力を認めていることに少し安心した。性格が合わないことと、信用できないことは同じではない。
宿場で眠る前、ヴァレナは一度だけ自分が作った簡易計画をカイへ見せた。襲撃時にはシアを前方索敵、カイを中央、ヴァレナを後衛固定とし、敵が二方向に分かれた場合は護衛対象を中心に円を縮めるというものだった。
「悪くない」
カイは認めた。
「なら採用します?」
「そこまで決めると、道が崩れたり魔獣が出た時に全部ずれる」
「基準は残せます」
「現場で俺が変える」
ヴァレナは少し黙り、紙を畳んだ。
「あなたは自分が判断できることを前提にしている」
「それが護衛長の仕事だろ」
「あなたが倒れた場合は?」
「縁起でもないこと言うな」
「戦術上の確認です」
カイは答えず、剣の手入れへ戻った。軍にいた頃なら副官へ指揮権の継承順を決めていた。それを思い出したが、今回は三人の小さな護衛仕事であり、そこまで大げさに考える必要はないと思った。
その判断が間違いだったわけではない。ただ、ヴァレナが何を不安に思っていたのかを、カイは翌日になってようやく理解することになる。
カイは寝る前に依頼契約書をもう一度見直した。護衛の目的は盗賊を討ち取ることではなく、荷物と依頼人を目的地まで運ぶことだ。分かり切った内容だったが、シアとヴァレナのやり取りを聞いた後では、同じ一文が妙に気になった。
強い相手を倒すことと、仕事を成功させることは同じではない。
軍にいた頃には何度も部下へ言った言葉だった。それを自分自身が、いつの間にか「この程度なら現場で何とかなる」と省略していることには、その時まだ気づいていなかった。
翌朝、目的地まで半日ほどの山道へ入った。
道幅は狭く、右は林、左は緩い斜面になっている。荷車が一列になったところで、シアが突然立ち止まった。
金色の目が街道ではなく地面を向く。
「カイ」
声の調子が変わっていた。
カイの右手が自然に剣へ伸びる。
「どこだ」
「右。いっぱい」
「人数は?」
「十二くらい」
ヴァレナが反対側の斜面を見る。
「左は?」
シアはまだ右へ集中している。
「分からない」
「先に両側を確認して」
「右にいる」
「右だけとは限らないでしょう」
シアはすでに森へ向かって踏み出していた。
「待って」
ヴァレナの声が飛ぶ。
その瞬間、左の茂みから金属が擦れる音がした。
カイが顔を向ける。
盾の縁が一瞬だけ木漏れ日を反射した。
三人いる。
戦力だけなら十分すぎる。




