誰と行くか
遺跡内部の安全が確認された翌朝、街道沿いの野営地には、前日まで存在しなかった大きな天幕が一つ増えていた。
海洋国家の護送隊が持っていた野戦会議用のもので、内部には折り畳み式の机が三台並べられ、その周囲を海洋国家側の護送責任者、法務担当官、古代遺物技術者、都市国家同盟の受領担当官と治安担当者が囲んでいる。
カイは入口に立ったまま人数を数え、それから自分の隣にいるヴァレナを見た。
「随分大げさだな」
「私が原因でしょうか」
「半分はな」
「残り半分は?」
カイは答えず、自分を指した。
ヴァレナが納得したように頷く。
シアもついて来ようとしたが、会議が長くなると聞いた途端、護送兵たちが朝食を作っている焚き火の方へ進路を変えた。カイとしても、あれを長時間椅子へ座らせておくよりは、その方が全員のためになると思った。
「レイヴァン氏、どうぞ」
都市国家同盟の担当官に促され、カイは机の端に腰掛けた。
ヴァレナも向かい側へ座る。
昨日まで原界にいた竜が、今は人型となって国家間協議の席についている。それだけ考えれば十分異常な光景だったが、カイには別のことの方が気になっていた。
机の上に置かれた書類のうち、一番上に自分の名前が書かれていたからだ。
カイ・レイヴァン。
年齢、所属、現在の職業、過去の軍歴。
その下には、これまで訪れた場所についての簡単な記録まで並んでいる。
「俺の身元調査まで終わってるのか」
海洋国家側の担当官が答えた。
「登録傭兵ですから、確認できる範囲だけです」
「仕事が早いな」
「今回の件で遅い方が問題でしょう」
それはその通りだった。
カイは椅子へ深く座り直した。
会議を始めたのは都市国家同盟側の治安担当者だった。
「先にヴァレナ氏の処遇を話したいところですが、その前にレイヴァン氏について整理しておく必要があります」
「だろうな」
返事があまりに早かったせいか、何人かがカイを見る。
都市国家側の担当者が眉を上げた。
「驚かれないのですね」
「俺なら議題に出す」
カイは机へ肘をつかず、背もたれにもたれた。
「一つ目の遺跡なら偶然で済む。二つ目まで俺にだけ反応したなら、次もあるかもしれない。軍人なら放っておく方が怖い」
ヴァレナが隣から言う。
「自分で言うのですね」
「考えないふりをしても状況は変わらん」
都市国家側の治安担当者が一枚の書類を引き寄せた。
「では率直に話します。一時的にあなたの自由行動を制限し、共同管理下で調査すべきだという意見が出ています」
カイは表情を変えなかった。
予想していた。
むしろ、出なければ国家機関として不自然だった。
「拘束か」
「法的な逮捕とは異なります。保護という名目も検討されています」
「本人が望んでない保護は、大抵似たようなもんだ」
海洋国家側の法務担当官が小さく息を吐いた。
「その点も問題になっています」
都市国家側の治安担当者は続けた。
「二つの古代施設が、異なる国家領域で同一人物に認証反応を示した。この事実だけを見れば、レイヴァン氏には古代文明の特定施設へアクセスできる未知の適性がある可能性があります」
「可能性だけならな」
「はい」
意外にも担当官はすぐ認めた。
「だからこそ、拘束案は現時点では採用できないという結論に傾いています」
カイが少し眉を上げる。
「理由を聞いていいか」
古代遺物技術者が答えた。
「まず、あなた自身が鍵なのかどうかすら分かっていません」
「二回開いてるぞ」
「それでもです」
技術者は机の上へ二枚の観測記録を置いた。
「第一の施設と今回の施設では構造も用途も違う。それなのに認証反応は似ている。ただし、その原因があなたの血統なのか、魔力波形なのか、召喚契約なのか、精神状態なのか、あるいは複数条件の組み合わせなのか分かっていません」
「俺だけを遺跡へ連れていけばいいわけじゃない?」
「保証できません」
技術者は頷く。
「極端な話、拘束された状態では認証そのものが成立しない可能性もあります。古代施設が本人の意思や敵対状態まで判定している可能性を排除できません」
ヴァレナが少し考えてから口を開いた。
「軍事施設なら合理的です。敵兵が認証対象者を捕虜にして連れてくることくらい、設計側も想定するでしょう」
技術者が彼女を見る。
「我々も同じ推測です」
カイは腕を組んだ。
「手錠を掛けた俺を遺跡の前へ置けば、何でも開く便利な道具になる保証はないわけか」
「ありません。むしろ無理に試すことを推奨しません」
次に法務担当官が説明した。
「もう一つは法的な問題です。少なくとも海洋国家では、古代施設に認証されたという理由だけで自由を恒常的に奪う制度はありません」
都市国家同盟側も頷く。
「同盟でも同様です。事情聴取や安全上必要な短期措置は可能ですが、現時点であなたは犯罪容疑者でも敵国兵でもありません」
「元敵国兵くらいには見られそうだが」
「元、です」
担当官が言った。
「停戦後、傭兵登録も正式に行われています」
そこまでは制度の話だった。
次に海洋国家側の護送責任者が口を開く。
「軍事面でも、拘束を強行する利点がありません」
カイは何も言わず続きを待った。
「あなた一人なら、必要なら拘束できるでしょう」
「随分自信あるな」
「人数を揃えれば」
「正直で助かる」
「ですが、あなた一人ではない」
天幕の外からシアの笑い声が聞こえる。
何をしているのか見えないが、おそらく兵士の朝食へ混ざっている。
護送責任者は続けた。
「すでにあなたには獣系召喚生命との契約があります。さらに今回、ヴァレナ氏が現界した」
ヴァレナが静かに言う。
「彼を拘束すれば、私はどうすると想定していますか」
「そのために聞きたいのです」
「理由次第です」
即答だった。
「正当な犯罪行為があるなら介入しません。ただ、古代施設が彼へ反応したという理由だけなら、拘束に同意する理由はありません」
「私も同じ判断をするでしょう」
護送責任者は頷いた。
「つまり我々は、得られる成果すら分からない状況で、高位召喚生命二体との衝突可能性を作ることになる」
カイが言う。
「シアを数に入れるなら、本人にも言っとけ。後で知るとうるさいぞ」
「後ほど説明します」
「真面目だな」
最後の理由は外交だった。
都市国家側の受領担当官が地図を広げた。
「そして一番厄介なのが、あなたをどちらが管理するのかという問題です」
海洋国家。
都市国家同盟。
その境界線を指で示す。
「仮に海洋国家があなたを保護名目で確保したとします」
カイは地図を見る。
「周りから見れば、ネレイアが古代施設を開ける人間を手に入れたように見える」
「その通りです」
「同盟でも同じ」
「はい」
ヴァレナが言った。
「私より問題が大きいですね」
「嬉しくない評価だな」
「私は一体です」
ヴァレナは平然としている。
「あなたが本当に古代施設の認証者なら、まだ存在すら知られていない施設へアクセスできる可能性がある」
机の周りが少し静かになった。
誰も否定しなかった。
そこが一番危険なのだと、カイ自身も理解していた。
古代召喚装置。
兵器庫。
研究施設。
それだけとは限らない。
もし自分が本当に古代文明の何かに認証されているなら、国家が欲しがる価値はヴァレナ一人より高いかもしれない。
「で、自由にする?」
カイが聞いた。
海洋国家側の担当官は首を振った。
「何もしないとは言っていません」
机の上へ新しい書類が置かれた。
表紙には、
《古代遺跡特別接触者》
と記載されている。
「正式な犯罪者登録でも、軍管理対象でもありません。安全保障および古代技術研究上、継続確認が必要な人物に対する内部分類です」
カイは紙を取った。
「いつ作った」
「昨夜です」
「仕事が早すぎる」
主な内容を読む。
新しい古代施設へ接触した場合は可能な範囲で報告。
古代施設への無断侵入を避ける。
国境を越える際には通常の傭兵登録に加えて所在確認。
要請があった場合には、合理的な範囲で魔力波形検査や事情聴取へ協力。
ただし行動の自由そのものは維持される。
「自由って言葉は便利だな」
カイが言った。
都市国家側の担当官が少し笑った。
「監獄へ入れないという意味では自由です」
「十分だ」
その時、海洋国家側の通信担当者が新しい文書を持って入ってきた。
「レイン提督から追加回答です」
カシウス本人は海上封鎖の指揮から離れていない。
そのため通信による意見だけが送られていた。
担当官が文面を確認して読み上げる。
「『二つの遺跡がレイヴァンへ反応したことは事実だ。しかし、それだけで彼を拘束すれば、三つ目に辿り着く前に我々自身が彼を敵に回す可能性が高い』」
カイが顔をしかめる。
「勝手に三つ目がある前提で話すな」
誰も反応しない。
担当官は続きを読んだ。
「『鍵である可能性があるなら、鎖につなぐより、自分の意思で扉を開いてもらえる関係を維持した方がよい』」
ヴァレナがカイを見る。
「鍵だそうですよ」
「本人の前で言うな」
「あなたも昨日、似たことを言われていました」
「俺が言うのと他人が言うのは違う」
カイの処遇はそれで決まった。
拘束しない。
ただし国家側も放置しない。
海洋国家と都市国家同盟は情報を共有し、カイを《古代遺跡特別接触者》として記録する。
彼にとっては今まで通り旅を続けられるという意味で大きな変化はなかったが、実際にはここから、カイ・レイヴァンという名前が国家の安全保障記録へ正式に載ることになる。
そして、会議にはまだもう一人の問題が残っていた。
法務担当官が新しい書類へ切り替える。
「では、ヴァレナ氏についてです」
「ようやく私ですね」
「待たせたな」
「あなたの方が問題だったようです」
「嬉しくない」
最初に確認されたのは、ヴァレナが押収物ではないということだった。
密輸組織の帳簿には《戦略級召喚生命資産》と記録されていたが、海洋国家が押収したのは《位相拘束核》と関連装置であり、ヴァレナ本人ではない。
現世界で犯罪を犯した記録もない。
密輸組織へ協力していた事実もない。
したがって海洋国家にも都市国家同盟にも、ヴァレナを国家所有物として扱う根拠はない。
「なら私の行動は自由?」
ヴァレナが聞く。
技術者が答えた。
「原則としては。ただ、もう一つ問題があります」
現界状態だった。
完全現界は成立している。
しかし原界から現世界へ定着した直後のため、存在位相にわずかな揺らぎが残っている。
技術者はこれを、
《現界安定化期間》
と呼んだ。
数日から数週間程度。
その間、古代施設が認証したカイとの間に形成されている弱い契約経路を利用すると、魔力循環が最も安定する。
「前にも聞いたが、ずっと俺の近くじゃないと駄目なのか?」
カイが確認する。
「いいえ。初期同調期間だけです」
技術者は明確に否定した。
「安定化が完了すれば、遠距離へ離れても問題ないと考えています」
ヴァレナが腕を組む。
「当面だけ彼の近くにいる方が安全、と」
「はい」
「なら問題ありません」
次は外交上の問題だった。
海洋国家がヴァレナを保護施設へ入れれば、周辺国から新たな戦略級戦力を確保したと見られる可能性がある。
都市国家同盟でも同じだった。
その議論を聞いたヴァレナが先に答えを出した。
「では、どちらの国にも所属しなければいい」
都市国家側担当官が頷く。
「我々もその方向で考えています」
そこで提示されたのが、《特例同行管理措置》だった。
新しい恒久制度ではない。
既存の召喚契約登録、危険戦力申告、国境通過管理を今回の特殊事例に合わせて組み合わせた暫定措置である。
期間は三十日、または正式鑑定まで。
カイが同行責任者となった場合、国境通過時の申告、人口密集地での無断完全竜化の禁止、国家間軍事紛争への参加制限、現界異常発生時の報告、定期検査への協力などが求められる。
ただしカイにヴァレナを拘束する権限はない。
ヴァレナ自身にも公共地域で高出力攻撃を行わないなど、独立した義務が課される。
「私自身にも責任がある」
ヴァレナが確認する。
「当然です」
「なら納得できます」
カイは横から言った。
「そこを気にするのか」
「自分の行動なのに、責任まであなたへ渡す方がおかしいでしょう」
「本当にシアと真逆だな」
天幕の外では、そのシアが護送兵から二枚目の焼き肉をもらっていた。
最後にヴァレナへ三つの選択肢が示された。
海洋国家の保護施設へ入る。
都市国家同盟の古代召喚研究施設へ入る。
あるいはカイを同行責任者として、特例措置の下で自由行動する。
ヴァレナは一つずつ確認した。
「海洋国家の施設では軍事協力を求められる可能性は?」
「あります。ただし強制ではありません」
「同盟側は?」
「古代施設についての研究協力と聞き取りを要請します」
「拒否は可能?」
「内容によります」
ヴァレナは少し考え、それからカイを見た。
「あなたは私に何を求める?」
「特にない」
「本当に?」
「一緒に来るなら、自分のことは自分で決めろ。戦うなら勝手に死ぬな。それと、そのうち自分の飯代くらいは稼げ」
天幕の入口からシアが顔を出した。
「飯、大事」
カイが振り返る。
「いつから聞いてた」
「飯から」
「ほぼ最後だけじゃないか」
ヴァレナはシアを見て、ほんの少しだけ笑った。
「では、あなたと行きます」
「決めるの早いな」
「比較しました」
「研究施設でもいいだろ」
「それでは、誰かが持っている答えを待つことになります」
ヴァレナは落ち着いて言った。
「私は自分がなぜ呼ばれたのか知りたい。あのような遺跡が他にもあるなら、自分の目で確かめたい。そしてあなたは、望んでいないのに古代施設へ二度も認証されている」
「嫌な言い方するな」
「事実です」
反論できなかった。
仮契約はその日の午後に行われた。
古代装置から抽出した記録を基に、すでに存在している弱い接続を安定化する。
ただし自動的に主従関係が成立するものではなく、カイとヴァレナ双方の意思が必要だった。
契約直前、ヴァレナが尋ねた。
「確認します。契約後、あなたは私へ命令できる?」
「仕組み上どうなるかは知らん」
カイは答えた。
「ただ、するつもりはない」
「では何のため?」
「今は現界を安定させる。それと、古代遺跡について調べるなら情報を共有した方が楽だ。俺もまた面倒な施設に反応するかもしれない」
「夢のない契約ですね」
「愛とか運命とか言われたいのか?」
「それなら断ります」
「気が合うな」
シアが横から聞く。
「私は?」
「何が」
「愛と運命」
「話を増やすな」
契約が成立すると、ヴァレナの身体を赤金色の光が一度だけ包み、カイの掌にも同じ色の紋様が浮かんだ。
数秒後には消える。
技術者が計測器を確認した。
「安定値に入りました」
ヴァレナは自分の手を見る。
「特に変わりません」
「人格まで変わられたら困る」
カイが言う。
「安心してください。あなたの命令へ無条件に従う予定もありません」
「さらに安心した」
夕方には押収物の引き渡しも終了し、カイたちは街道を下り始めた。
一人旅だった時より荷物が増えている。
シア用の服。
食料。
予備の靴。
さらにこれからはヴァレナの旅用品も必要になる。
カイは荷物を背負いながら呟いた。
「二体いれば戦闘は楽になると思ったんだが」
後ろから二人分の視線を感じる。
ヴァレナが聞く。
「二体?」
シアが自分を指す。
「私、一」
「そういう意味じゃない」
「私たちを頭数で数えているの?」
「戦力の話だ」
シアが言う。
「カイ、失礼」
ヴァレナも頷く。
「表現は良くありませんね」
「もう面倒が倍になった」
シアが即座に言う。
「飯も倍」
ヴァレナが首を振った。
「私はあなたほど食べません」
「負けない」
「競うところではありません」
カイは二人を置いて歩き始めた。
シアがすぐ横へ追いつき、少し後ろからヴァレナが続く。
しかし、これまでと全く同じ旅へ戻ったわけではなかった。
カイ自身は自由だった。
少なくとも表向きには。
それでも海洋国家と都市国家同盟の記録には、すでに《古代遺跡特別接触者》として彼の名前が載っている。次に古代施設が見つかった時、今回のようにただの傭兵として扱われることはないだろう。
カイもそれを理解していた。
理解しているからこそ、今は何も言わなかった。
拘束されなかっただけでも十分だったし、国家が自分を完全に見逃してくれるほど世界が甘くないことも、元軍人である彼には分かっている。
前方ではシアが宿場の灯りを見つけて走り出した。
「飯!」
ヴァレナがすぐ声を上げる。
「先に宿を確認した方がいいでしょう」
「飯が先」
「満室なら食事後にまた歩くことになります」
「食べながら考える」
「非効率です」
カイは二人の後ろを歩きながら、別の意味でも以前と同じ旅へは戻れないのだろうと思った。
一人は考えるより早く走り、一人は走る前に考えようとする。
そして自分は二人を対等に扱っているつもりでありながら、戦闘になれば無意識に判断をまとめ、命令に近い言葉を出している。
古代遺跡では、それでも勝てた。
三人の連携が完成していたからではなく、カイがシアとヴァレナの判断の間を埋め続けたからだった。
そのやり方がいつまで通用するのか、まだ誰も知らない。
夕暮れの街道には三人分の足音が続き、遠くの山影の向こうには、カイ自身も知らない古代の施設がまだ眠っているかもしれなかった。




