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命令するな

敵の先頭が構えた銃を撃つより早く、ヴァレナが右手を上げた。

銃身が横へ曲がった。

ほんの指一本分ほどの変形だったが、発射された弾丸はカイたちから大きく逸れ、壁へ火花を散らした。

「金属か」

カイが言う。

「そうです」

ヴァレナの指先に赤い魔力が集まる。

拳ほどの火球が形成され、それが弾丸のような速度で飛んだ。

曲がった銃を持つ男の足元へ着弾し、爆発ではなく細い火柱を上げる。

男が後ろへ跳ぶ。

その瞬間、シアが走った。

「待って」

ヴァレナの声より早い。

シアは人型のまま敵との距離を詰め、一人の腹へ蹴りを入れる。そのまま二人目へ向かおうとしたところで、ヴァレナが言った。

「後ろにも三人」

シアが一瞬振り向く。

そこへ通路奥から魔力弾が飛んだ。

カイが風を横から叩きつけ、軌道を逸らす。

「だから待てと言ったでしょう」

「前、倒せた」

「あなたが前しか見ていないから彼が防いだの」

シアがカイを見る。

「カイ、できる」

「俺を保険にするな」

敵が二方向から来る。

カイは右側の通路へ銃を二発撃ち込み、敵を下がらせた。

「喧嘩は後だ。シア、右の人数」

「五。奥に二」

「ヴァレナ、正面の装甲兵を止められるか」

「止めるだけ?」

「殺す必要はない」

「できます」

「なら頼む」

ヴァレナが一歩前へ出た。

正面から古代式の重装甲を身につけた男が二人現れる。

普通の銃弾なら表面装甲で弾かれる。

ヴァレナは撃たない。

まず右手を軽く握った。

装甲の肩部が嫌な音を立てる。

金属板そのものが内側へ数センチ歪み、関節部へ食い込んだ。

男が腕を上げられなくなる。

もう一人の膝装甲も同時に変形し、姿勢を崩した。

「便利だな」

カイが言う。

「何でも曲げられるわけではありません」

「十分だ」

カイは走り込み、動けなくなった一人の顎下へ剣の柄を打ち込んだ。

もう一人にはシアが横から飛びつく。

途中で灰色の魔力が身体を包み、人型から獣型へ変化した。

旅装が収納され、巨大化した前脚が装甲兵を横倒しにする。

「殺すな!」

カイが叫ぶ。

シアは牙を首元で止めた。

「分かってる」

獣型でも普通に答える。

ヴァレナが一瞬見る。

「器用ですね」

「褒めた?」

シアが聞く。

「ええ」

尻尾が嬉しそうに動いた。

敵の目的は中央制御区画だった。

密輸組織はこの施設の存在を以前から知っていたらしく、一部の通路構造まで把握している。位相拘束核だけを盗み出した後、何らかの理由で遺跡そのものへ戻れなくなっていたようだった。

その障害を、カイたちが取り除いてしまった。

「笑えんな」

カイは走りながら呟く。

「何が?」

シアが人型へ戻りながら聞く。

「俺たちが入口を開けたせいで、あいつらまで入れた」

ヴァレナが後ろから言う。

「責任を感じますか」

「多少はな」

「では止めればいい」

「簡単に言う」

「簡単ではありません。ただ、やることは明確です」

カイは少しだけ笑った。

軍人臭い。

それもかなり面倒な種類の。

中央区画前で敵の本隊とぶつかった。

十数人。

その中には通常の密輸屋には不釣り合いな重火器と古代兵装を持つ者もいる。

敵の一人が大型魔導砲を展開した。

カイが射線を見る。

「ヴァレナ!」

「見えています」

ヴァレナが掌を返した。

魔導砲の砲身そのものを曲げるのは難しいらしい。

代わりに土台の固定具だけをわずかに変形させた。

照準が下がる。

砲撃は床へ着弾した。

衝撃で敵側も姿勢を崩す。

「今」

シアが飛び出す。

ヴァレナが言う。

「待って」

「遅い」

「後衛がまだ――」

カイが割り込んだ。

「ヴァレナ、後衛を撃て。シアはそのまま前。俺が真ん中を埋める」

二人が同時に動く。

シアが前衛へ突入。

ヴァレナは両手へ複数の小型火球を形成し、それを一斉に撃ち出す。

火球は敵そのものではなく、武器、足元、遮蔽物へ正確に当たった。

一発ごとの威力は大きくない。

その代わり射撃精度が異常に高い。

敵後衛は狙撃位置を維持できず、次々に移動を強いられる。

カイはその間を走り、近接へ入った。

剣へ風をまとわせ、敵の武器を弾く。

振り向きざまに銃を撃ち、シアを狙っていた男の肩へ当てる。

「カイ」

シアが呼ぶ。

「分かってる」

右から二人。

一人を剣で止め、もう一人の足元へ風を叩き込む。

ヴァレナがそこへ火炎弾を撃ち、退路を塞ぐ。

三人の動きは噛み合っているように見えた。

実際には、カイが常に間へ指示を入れていた。

シアは敵を見つければ前へ出る。

ヴァレナは全体を確認してから動こうとする。

その判断速度の差を、カイが強引につないでいる。

敵が中央制御区画へ後退した。

厚い古代隔壁が閉じ始める。

シアが走る。

「待って」

「入れる」

「罠の可能性が――」

「時間ない!」

シアが閉じる扉の隙間へ滑り込む。

「シア!」

カイも続く。

ヴァレナは短く息を吐き、二人の後へ入った。

隔壁が閉じる。

内部には六人。

そして中央に古代制御盤。

密輸組織の男が装置へ手を置いている。

「動くな!」

カイが叫ぶ。

男は笑った。

「遅い。こいつが動けば、国が一つ買える」

ヴァレナの表情が変わった。

「何をするつもり」

「お前をもう一度呼ぶんだよ」

「もういるでしょう」

「一体で終わる話じゃない」

男は制御盤を叩く。

「座標さえ固定できれば、同じ系統を何度でも引ける。軍隊に売る。国に売る。宗教屋に売る。一頭いくらなんて小銭の話じゃねえ。召喚そのものを売るんだ」

カイは理解した。

ヴァレナが商品なのではない。

少なくとも、それだけではない。

密輸組織が手に入れたかったのは、戦略級の高位生命を再現可能な兵器として呼び出す方法だった。

「最低だな」

カイが言う。

男は笑う。

「何がだ。国も同じことをする」

ヴァレナの手に炎が集まる。

今までとは桁が違う。

部屋の温度が一気に上がった。

「ヴァレナ」

カイが呼ぶ。

「まとめて焼けば終わります」

「遺跡もな」

「かなり壊れます」

「俺たちは?」

「場所によっては死ぬでしょう」

「却下」

ヴァレナがこちらを見る。

「だから撃っていないでしょう」

「確認しただけだ」

シアが小声で言う。

「撃ちたい顔」

「あなたもでしょう」

「私は噛む」

「同じです」

男が再び装置へ触れようとする。

ヴァレナの指先が動いた。

男の腕へ装着されていた金属籠手が急に締まり、手首の動きを止める。

同時にシアが走る。

今度はヴァレナも止めなかった。

シアが男を床へ押し倒し、カイが制御盤との間へ入る。

残りの敵が動く。

ヴァレナの精密射撃。

シアの近接。

カイの剣と銃。

数十秒後には全員が戦闘不能になっていた。

静かになった区画で、カイは息を整える。

シアは満足そうだった。

ヴァレナは倒れた敵ではなく、制御装置を見ている。

「壊します」

「待て」

「まだ?」

「必要な記録だけ抜く。それから機能停止だ」

都市国家側の技術者へ連絡を入れる。

数時間後、施設の主要な召喚機構は安全停止された。

ただし完全ではない。

戦闘中の損傷で帰還側の機構が破壊され、ヴァレナを原界へ戻す手段が失われていた。

技術者からその説明を受けたヴァレナは、驚くでも怒るでもなく聞いた。

「修復には?」

「分かりません。数日では無理です」

「数年?」

「それも分かりません」

ヴァレナはしばらく黙り、

「では、当面ここで生きる方法を考えます」

と言った。

カイはその横顔を見る。

「切り替え早いな」

「帰れない事実を何時間眺めれば帰れるようになります?」

「ならないな」

「では考えるだけ無駄です」

シアがヴァレナを見る。

「変」

「あなたに言われたくありません」

カイは二人の間から少し離れた。

一人増えるかもしれない。

その予感だけで、なぜか旅費の計算をしたくなった。

しかし問題は食費より大きかった。

完全現界した高位竜系召喚生命。

戦略級になり得る戦闘力。

海洋国家でも都市国家同盟でもない存在。

誰の指揮下にもなく、犯罪者でもない。

国家にとっては扱いに困るという言葉では足りないほど厄介な存在だった。

そして翌朝、その問題について両国の担当者が正式に話し合うことになった。

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