竜の遺跡
遺跡が姿を現してから一時間後、護送隊は街道上へ簡易防衛線を作っていた。
襲撃で負傷した者は三人いたが、幸い死者はいなかった。先頭車両の馬も一頭が脚を傷めた程度で、戦闘そのものは大きな被害を出さずに終わっている。
問題は戦闘後に残った。
十号車から伸びた赤金色の光はすでに消えていたが、内部の周期振動は止まっていない。それどころか、山中の古代遺跡と完全に同じ周期で脈動するようになり、技術者の計測器にも明確な反応が出始めていた。
護送責任者、都市国家同盟の受領官、古代遺物技術者の三人が街道脇で協議している。
カイは少し離れたところで待っていた。
「入る?」
隣のシアが聞く。
「俺に聞くな」
「カイなら入る」
「どういう評価だ」
「遺跡好き」
「一番嫌いな部類だ」
「でも入る」
反論しようとして、カイはやめた。
結果だけ見れば否定できない。
しばらくして護送責任者が近づいてきた。
「レイヴァン」
「嫌な予感しかしない呼び方だな」
「君にも来てもらいたい」
「ほら」
シアが得意そうに言う。
カイは無視した。
責任者によれば、このまま十号車を移動させるのは危険だという。装置と遺跡の間に未知の接続が成立しており、距離を取ろうとすれば出力が急激に上昇する可能性があるらしい。
「つまり動かせない?」
「少なくとも今は」
「本国から専門班を待つのは」
「早くても二日だ。さっきの連中が戻ってくる可能性もある」
都市国家同盟の受領官が続ける。
「この施設が我々の管轄側にあるか、海洋国家側にあるかも地図では微妙な位置です。勝手に調査するつもりはありませんが、輸送対象と直接接続した以上、安全確認は必要でしょう」
まともな判断だった。
カイは遺跡を見る。
「俺が必要な理由は?」
技術者が答えた。
「扉があなたに反応しているからです」
「気のせいかもしれない」
「では確認しましょう」
実験は簡単だった。
カイ以外の人間が扉へ近づく。
何も起きない。
シアが近づく。
何も起きない。
カイが三歩進む。
古代文字が光る。
「決まりですね」
「全然嬉しくない」
遺跡内部へ入る人員は最小限に絞られた。
カイ、シア、技術者二人、護送兵四人、都市国家同盟側の担当者一人。
残りは街道と十号車を守る。
扉の前へ立ったカイが右手を近づけると、古代文字が一斉に点灯した。
触れていないのに扉中央へ青白い線が走り、重い石と金属が擦れる音を立てて左右へ開いていく。
内部から冷たい空気が流れ出す。
「また勝手に開いた」
シアが言う。
「俺に言うな」
灯りを点け、一行は内部へ入った。
最初に気づいたのは広さだった。
以前の遺跡は複雑な研究区画と生体設備が中心で、人が歩く通路もそれほど大きくなかった。今回の施設は、最初の通路から大型車両が二台並んで通れそうな幅がある。
壁面には矢印に似た古代記号が並び、その先には巨大な扉がいくつも続いている。
一つを開く。
中にあったのは広大な空間だった。
壁の一方には破損した標的板。
反対側には射撃位置と思われる区画。
「訓練場……ですかね」
技術者が呟く。
別の区画では、大型兵器を固定したと思われる床面レールが残っていた。
さらに奥では、壁面に無数の細い金属枠が並び、その一部に人体より遥かに大きな拘束具が残されている。
シアが鼻を鳴らした。
「嫌」
「何が?」
「ここ、戦う場所」
カイも同じ印象を持っていた。
以前の遺跡には、生き物を調べ、変化させ、何かへ適応させようとした痕跡があった。
ここには別の目的がある。
どう戦うか。
どう撃つか。
どう配置するか。
何を壊せるか。
そういう意思が施設全体に残っている。
壁面端末の一つが生きていた。
技術者が慎重に解析し、いくつかの単語を拾う。
「《独立判断》……《戦闘単位》……《原界接続》……」
「兵器って書いてあるか?」
カイが聞く。
「似た意味の単語もあります。ただ……全部がそうではありません」
技術者が画面を指す。
「これは《協同》《判断共有》《戦術権限》に近い。単純に使役する前提ではないようです」
「召喚した相手に自分で考えさせてた?」
「可能性があります」
シアが首を傾げる。
「普通」
カイは横を見る。
「お前にとってはな」
さらに奥へ進む。
いくつかの扉は技術者の操作で開いた。
しかし地下へ続く中央区画だけは反応しない。
護送兵が力を込めても動かず、魔力を流しても沈黙したままだった。
「またですか」
技術者がカイを見る。
「その目をやめろ」
「お願いします」
カイが端末へ手を置いた。
一瞬だった。
白い光が掌の下から走り、扉上部へ古代文字が浮かぶ。
シアが横から覗き込む。
「読める?」
「読めたら苦労してない」
「カイの名前?」
「だったら怖いな」
扉が開く。
誰も笑わなかった。
二度目となると、偶然という言葉は便利すぎる。
「以前も?」
都市国家同盟の担当者が聞く。
「似た遺跡でな」
「その時もあなたに?」
「ああ」
「理由は?」
「俺が知りたい」
地下区画は上階より保存状態が良かった。
長い傾斜路を下ると、巨大な円形ホールへ出る。
中央には直径二十メートルほどの装置があり、周囲へ複数のリングが重なっている。
シアが入った瞬間、立ち止まった。
「いる」
全員が武器へ手を伸ばす。
「どこだ」
カイが聞く。
シアは中央装置を見た。
「向こう」
「壁の向こう?」
「もっと向こう」
意味が分からない。
彼女は言葉を探し、
「私と同じ匂い」
と言った。
「召喚生命か?」
「たぶん。でも違う」
「どう違う」
シアはしばらく考えた。
「強い。固い。怒ってる」
その時、地上側から通信が入った。
『十号車に異常! 核が浮いてる!』
「核?」
カイは聞き返す。
『容器が開いた! 中には生物はいない! 赤い装置だけだ!』
カイたちは急いで地上へ戻った。
黒い収容容器は開かれていた。
封印を破ったわけではない。
内部機構が自動的に解錠したのだという。
その中央に、両腕で抱えられないほど大きな赤金色の球体が浮いていた。
外殻はいくつもの円環で構成され、その一つ一つがゆっくり伸縮し、回転している。
ドン。
低い振動が荷車へ伝わる。
数秒後。
ドン。
シアがすぐ言った。
「これ」
「お前が聞いてたやつか」
「うん」
カイは技術者を見る。
男は計測器を核へ近づけ、顔色を変えた。
「生体そのものではありません」
「じゃあ、何でこんな脈みたいに動く?」
技術者は表示を読みながら答えた。
「生命同期機構……だと思います」
「分かる言葉で言え」
「向こう側に接続している対象の活動周期を、こちら側の装置が再現しているんです。脈拍なのか、魔力循環なのか、それとも別の生命活動なのかは分かりませんが、それに合わせて制御環が動いている」
シアが核を見つめる。
「だから生きてた」
技術者は少し迷い、
「正確には、向こう側で生きている、でしょうね」
と答えた。
カイは黒い容器を見る。
つまり自分たちは竜を閉じ込めた檻を運んでいたのではない。
竜へつながる装置を運んでいた。
その瞬間、《位相拘束核》が大きく震えた。
誰も触れていないのにゆっくりと移動し始める。
「止められるか?」
「下手に触らないでください!」
核は山中の遺跡へ向かって進む。
一行が追う。
内部へ入ると、核は迷うことなく地下中央区画まで浮遊し、円形装置の中心へ収まった。
カチリ、と巨大な鍵が嵌まったような音がする。
周囲のリングが回り始めた。
赤金色の光が床を走る。
技術者たちが叫ぶ。
「出力上昇!」
「止められません!」
「全員下がれ!」
カイがシアを引き寄せる。
中央の空間が歪んだ。
最初は光の膜だった。
やがて膜の向こうに、黒に近い赤の影が浮かぶ。
巨大だった。
人間とは比較にならない。
その影の上部で、二つの光が開いた。
赤金色の瞳。
こちらを見ている。
シアが身体を低くした。
「怒ってる」
カイは剣へ手を掛けながら、光の向こうの存在から目を離さなかった。
「だろうな。知らない奴らに勝手に扉を開けられたら、俺でも機嫌は悪くなる」
装置がさらに回転する。
原界と現世界を隔てていた境界が薄くなり、巨大な影の輪郭が少しずつ実体を持ち始めた。




