奪い返しに来た者たち
翌朝、夜間の異常について報告を受けた護送責任者は、出発前に十号車の簡易点検を命じた。
封印値に異常はなく、魔力遮断術式も正常だった。都市国家同盟の技術者が計測器を当てても、確認できたのは以前から続いている周期的な魔力変動だけで、シアが感じたという山側からの応答は記録されなかった。
「何もない?」
点検が終わるのを待っていたシアが聞いた。
技術者は測定板を見ながら首を振った。
「少なくとも、この機械では」
「ある」
「君を疑っているわけではありません。ただ、感知方法が違うのかもしれない」
シアは褒められたのか否定されたのか判断できなかったらしく、カイを見る。
「気にするな」
カイは言った。
「機械に分からないなら、それはそれで覚えとけばいい」
護送隊は予定通り出発した。
山岳街道へ入ると道幅は少し狭くなったが、戦時中に軍用車両を通すため整備された名残があり、荷車同士がすれ違える程度の幅は保たれていた。左右には鬱蒼とした針葉樹林が広がり、そのさらに向こうでは切り立った岩山が空へ伸びている。
昼前、一行は放棄された砲兵陣地の横を通った。
崩れた土嚢の間から錆びた砲身が突き出し、半壊した監視小屋の屋根には雑草が生えている。
若い護送兵がそれを見て、
「この辺りも戦場だったんですか」
と隣の年長兵へ尋ねた。
「四年前にな。俺は別の戦線だったが」
「じゃあ、ここでは?」
「両方合わせて何百人か死んだって聞いた」
若い兵士は口を閉ざした。
少し後ろを歩いていたカイは会話を聞いたが、何も言わなかった。
戦場だった場所は、時間が経てばただの道になる。
それは悪いことではない。いつまでも墓場のままでは、残った人間が生活できない。
ただ、砲弾の跡へ草が生えたからといって、そこで何が起きたかまで消えるわけではなかった。
シアが突然止まった。
「カイ」
声の調子で、カイは反射的に右手を剣へ置いた。
「何人だ」
「いっぱい」
「どこ」
シアが森を見る。
「右。左も」
「距離は?」
「近い」
カイは前を進む兵士へ声を飛ばした。
「伏せろ!」
言葉が終わるより早く、街道前方で爆発が起きた。
地面が跳ね、先頭の馬が悲鳴を上げて立ち上がる。御者が手綱を引き、二台目の荷車が急停止したことで後続が一斉に詰まった。
同時に森から矢と魔力弾が飛んでくる。
カイは風を展開し、正面から来た二本の矢を軌道ごと逸らした。
「荷車を寄せろ! 十号車を囲め!」
護送責任者が叫ぶ。
兵士たちが盾を上げる。
シアはすでに外套の留め具へ手を掛けていた。
「左、七。右、五。奥にもいる」
「奥は?」
「三」
「行くなよ」
シアが見る。
「まだ何も言ってない」
「顔で分かる」
敵の第二射が来る。
カイは銃を抜き、木立の間から姿を見せた男の肩へ撃ち込んだ。男が倒れた瞬間、その横から別の敵が魔法陣を展開する。
シアの身体を灰色の魔力が包んだ。
旅装が腰帯の魔導石へ吸収され、次の瞬間には灰銀色の獣が街道を蹴っていた。
「待てって言っただろ!」
返事代わりに尻尾が一度振られ、そのまま森へ消える。
カイは舌打ちした。
ただし完全な独断ではない。
シアは正面へ突っ込まず、街道脇の岩を蹴り上がり、敵の射線から外れた位置へ回り込んでいる。列車での戦闘やその後の仕事を通じて、少なくとも「見つけたから最短距離で突撃する」段階からは進歩していた。
森の中で悲鳴が上がる。
一人、二人。
右側からの射撃が止まった。
カイはその隙に中央へ移動した。
「前を開けるな! 狙いは荷物だ!」
実際、敵は護送兵を全滅させようとはしていなかった。
先頭車両を爆発で止めた後、一部が前衛を牽制し、別働隊が十号車へ集中している。
カイはそこに違和感を覚えた。
三号車には高価な古代制御部品が入っている。
五号車には違法魔導銃。
七号車には密輸された高純度魔石。
金だけが目的なら、他にもっと奪いやすい荷物はいくらでもあった。
それでも敵は黒い容器しか見ていない。
「核を奪え!」
森の奥から声が飛んだ。
「他は捨てろ! 同盟側へ渡ったら座標まで割られる!」
カイの動きが一瞬止まる。
核。
座標。
中身ではない。
敵が恐れているのは、あれがどこかへ運ばれることではなく、調査されることで「場所」を知られることらしい。
「面倒な荷物じゃなくて地図かよ」
カイは呟き、銃を二発撃った。
一発目が木へ当たり、隠れていた男が反射的に身体をずらす。二発目はその動きを読んで脚へ入った。
男が倒れる。
その間に左側から二人が街道へ飛び出し、十号車へ走る。
護送兵が迎え撃つが、一人は盾で止められ、もう一人は魔法で荷車の下へ滑り込んだ。
手には奇妙な短筒がある。
「そいつを止めろ!」
カイが叫んだ。
遅かった。
男は短筒を十号車へ押し当て、引き金を引いた。
爆発は起きなかった。
代わりに赤金色の細い針のようなものが黒い容器へ突き刺さる。
次の瞬間、容器の表面を覆っていた封印文字が一斉に光った。
「離れろ!」
技術者が叫ぶ。
低い振動が街道全体へ走った。
カイにも今度ははっきり分かった。
金属の中で何か巨大な歯車が回ったような、腹の底へ響く振動だった。
シアが森から飛び出してくる。
口元には血が付いているが、怪我は見当たらない。
彼女は十号車を見るなり足を止めた。
「起きた」
黒い容器から赤金色の光線が真っ直ぐ空へ伸びた。
いや、空ではない。
数秒後、光は角度を変え、街道の東側にそびえる岩山へ向かった。
岩壁へ当たった瞬間、山全体が低く震える。
敵の一人が笑った。
「つながった!」
カイは男へ剣を向けた。
「何とだ」
男は答えない。
代わりに腰の魔石を砕き、煙を発生させた。
密輸組織の残党が一斉に撤退を始める。
護送兵が追おうとしたが、責任者が止めた。
「深追いするな! 積荷を確認しろ!」
それは正しい。
山から二度目の振動が来たからだ。
岩壁の一部が崩れる。
大量の土煙が立ち、長い間外気へ晒されていなかった黒い構造物が姿を現した。
最初に見えたのは、縦に走る一本の溝だった。
土砂がさらに落ちると、それが巨大な扉の中央にある継ぎ目だと分かる。
表面へ無数の古代文字が刻まれている。
カイはその文字に見覚えがあった。
形そのものを読めるわけではない。
それでも、灰色の獣と出会った遺跡で何度も見た線の組み合わせとよく似ていた。
隣で人型へ戻ったシアも、表情を変える。
「同じ」
「ああ」
「でも違う」
「それも何となく分かる」
護送責任者が兵士へ周囲警戒を命じ、都市国家同盟の技術者たちが遠巻きに遺跡を確認する。
カイは不用意に近づくつもりはなかった。
ところが数歩移動しただけで、扉の表面にある一つの古代文字が淡く光った。
さらに一歩。
二つ目。
三つ目。
カイが止まると光も止まった。
「……俺じゃないよな」
誰も答えない。
試しに一歩下がる。
光は消えない。
前へ進む。
今度は十個以上の文字が同時に点灯した。
都市国家同盟の技術者が目を見開く。
「何をしました?」
「歩いただけだ」
「触っていませんよね」
「見れば分かるだろ」
カイは扉を睨んだ。
以前の遺跡でも似たようなことがあった。
偶然だと思うには、二度目は少し多い。
「……また俺か」
シアが隣で頷いた。
「カイ、変」
「知ってるみたいに言うな」
古代扉の奥から、先ほどとは違う重い音が聞こえた。
長い時間眠っていた何かが、ゆっくりと動き始めている。
十号車の黒い容器も、それに応えるように再び低く脈打った。
敵が欲しがっていたのは、檻の中の生命ではなかった。
少なくとも、それだけではない。
カイは点灯していく古代文字を見ながら、自分たちが運んできたものが、もっと大きな何かの一部だったのだと理解し始めていた。




