3人の戦い
人型になったからといって、シアが人間と同じように動けるわけではなかった。最初の数歩だけで二度ふらつき、曲がり角では身体の幅を読み違えて壁へ肩をぶつけた。
「獣に戻れないのか」
カイが聞く。
「分からない」
「困ったな」
「シア、困ってない」
「俺が困ってる」
それでも戦闘が始まると、動きは急速に変わった。身体そのものの使い方を覚えていないだけで、シアが持っていた反応速度と感覚まで失われたわけではない。四足の獣として跳ぶ代わりに壁や座席へ手をつき、低い姿勢のまま相手の懐へ潜り込む。後部から侵入してきた男が銃を向けた瞬間、シアが先に床を蹴った。
「殺すな!」
カイが声を飛ばす。シアの右手から一瞬だけ爪が伸びる。男の喉へ向かいかけた爪が直前で軌道を変え、銃身だけを弾き飛ばした。
「危なっ」
カイが言う。
「殺してない」
「褒めづらい」
「後でやれ!」
アシュレイが叫んだ。別の敵が魔導弾を撃つ。アシュレイの手から細い光条が走り、弾道を照らす。カイはその線を見た瞬間に身体をずらし、弾を避けながら一気に距離を詰めた。風をまとわせた剣の腹で手首を打ち、銃を落とさせる。
「右!」
アシュレイが言うより早く、シアが右側を見る。
「三人」
「どうして分かる」
カイが聞く。
「揺れる」
床を伝う振動。敵は自分たちが使っている感知装置によって列車内部の動きを読んでいた。しかし、その振動そのものをシアが捉え始めている。カイは客車の構造を見る。
「シア。敵が来る場所、分かるか」
シアが床へ手を置いた。目を閉じる。
「前。二。後ろ、一」
「十分だ」
カイはアシュレイを見る。
「前二人は任せる」
「私に命令するのか」
「嫌なら後ろをやれ」
「前でいい」
妙に話が早かった。アシュレイが前方へ向かう。カイは後方から来る一人を待ち、シアには乗客のいる区画へ誰も通さないよう頼んだ。
「無茶するな」
「カイも」
「お前、急に面倒な言葉覚えたな」
敵が姿を見せる。短銃を二丁持っている。カイが座席の陰へ身体を隠すと、相手は迷わずそこへ撃ち込んできた。位置を読まれている。振動感知を使っている以上、こちらの移動は分かるらしい。カイは風魔法で床へ強い圧力を叩き込んだ。車両全体へ不規則な振動が広がる。敵が一瞬止まる。
「なるほど」
感知できるなら、全部揺らせばいい。カイは床を蹴った。身体強化で間合いを詰める。一発目の弾を剣で逸らし、二発目は風で軌道をずらす。そのまま拳で相手の腹を打つと、男は座席へ倒れ込んだ。前方ではアシュレイが二人を相手にしていた。一人が剣、一人が銃を持っている。アシュレイは正面から撃ち合わない。光条を床と壁へ走らせ、相手の視線を一瞬だけ誘導する。敵が光へ反応した瞬間に斜めへ踏み込み、剣の男を肩から投げる。続けて銃を持つ男へ地形投影を重ね、座席と通路の高低差を利用して射線を切る。
「軍団司令官が随分近接戦に慣れてるな」
カイが合流する。
「司令官になる前は現場にいた」
「そのまま現場にいればよかったんじゃないか」
「部下から同じことを言われる」
最後に残った敵が非常扉から外へ逃げようとする。追おうとした帝国兵へ、アシュレイが声を飛ばした。
「追うな」
「しかし」
「目的は列車と乗客の保護だ。山中に逃げる相手へ付き合う必要はない」
カイが横を見る。
「そこは気が合うな」
「敵を殺すために軍人をしているわけではない」
「帝国軍人が言うと王国じゃ怒られそうだ」
「王国軍人に言われる筋合いはない」
「元だ」
戦闘が終わったところで、鉄道警備主任が前方から駆けてきた。
「後方の貨物車は?」
「三両目まで奪われてない。襲撃者は退き始めてる」
「助かりました」
主任はそこでシアを見た。完全に止まった。
「……誰です?」
カイも少し困った。
「俺もさっき同じことを聞いた」
シアが自分を指す。
「シア」
主任が目を見開く。
「召喚生命の?」
「多分な」
「多分?」
「契約経路は同じだ。俺が一番混乱してる」
主任はさらに質問しようとしたが、別の鉄道員が駆け込んできた。
「橋梁の支持部が崩れています! 第八、第九車両を切り離さないと前方まで引きずられます!」
全員の表情が変わった。
「乗客は?」
アシュレイが聞く。
「まだ十数人が残っています」
数分前まで戦っていた三人は、そのまま次の現場へ走った。




