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古代召喚施設の価値

競売場から保護された黒褐色の召喚生命は、共和国政府の収容施設ではなく、市街地から少し離れた救護院へ移送された。翌日、カイはシアを連れてその様子を見に行った。助けた以上、最後まで自分が面倒を見るつもりはない。相手が自分で生きられる状態まで戻ったのであれば、その後どこへ行くのかは本人が決めればいい。それでも、昨日まで精神制御を受けていた個体が無事なのかくらいは確認しておきたかった。救護院の入口には、《還天慈善会・中央救護院》という看板が掲げられていた。

「宗教団体か」

カイが足を止めると、同行していたカリーナが頷いた。

「宗教系の国際慈善法人です。共和国政府も難民、違法契約被害者、未登録召喚生命の一時保護を委託しています」

「政府が宗教団体に仕事を出すのか」

「国家だけで全部できるなら必要ありませんが、現実にはできませんから」

共和国らしい答えだった。中へ入ってみると、カイが想像していた宗教施設とはかなり違った。礼拝堂より診療室の方が広く、戦争で片脚を失った元兵士が義足の調整を受け、別室では親を失った子供たちが食事を取っている。人間だけではなく獣人やエルフ、外来系種族もおり、聖職者らしい服を着た者より医師や看護師、一般職員の方が多かった。信仰を求められる様子もない。

「意外そうですね」

案内してきた女性職員が言った。

「宗教にいい思い出がないだけだ」

「ここでは入信を治療条件にしていません」

「じゃあ金はどこから出る」

「寄付のほか、医療、教育、葬祭事業、商業事業、それから政府委託費です」

カイは少し笑った。

「善意だけじゃないんだな」

「善意だけでは薬も食料も買えませんから」

「そっちの方が信用できる」

中庭では、昨日競売にかけられていた黒褐色の獣が横たわっていた。身体を覆っていた封印具はすべて外されており、今は外部の人間が不用意に近づけないよう、周囲へ薄い結界が張られているだけだった。シアが足を止める。相手も顔を上げた。

「無理に近づくなよ」

カイが言うと、シアはゆっくりと結界の近くまで歩き、その場へ伏せた。黒褐色の獣も警戒を残していたが、しばらくすると頭を下げた。言葉を交わしたわけではない。それでも人間に囲まれているより、同じ原界生命が近くにいる方が安心できるのかもしれなかった。

「まだ名前も分かっていません」

職員が言った。

「言語を持っているのか、原界で名前を使っていたのかも不明です。まず精神制御の影響が抜けるまで治療して、その後に本人の意思を確認します」

「誰かと契約させるのか」

「望めば」

「望まなければ?」

「契約しない状態で、この世界で生きる方法を探します」

それで十分だった。カイが救護院を出ようとしたところで、入口近くにオルフェンが立っていることへ気づいた。

「またお前か」

「そう嫌そうな顔をしないでください。今日は共和国政府からの追加説明です」

「昨日も聞いたぞ」

「今回は王国から追加回答が届きました」

オルフェンによれば、アルセリア王国政府は、問題となった古代施設を利用した反復召喚実験を現時点では実施しておらず、軍事利用計画も存在しないと正式に回答したらしい。施設が再び起動できるかどうかも不明であり、再現可能な技術として確立したものではないという。

「それで共和国は納得したのか」

「現時点では、それ以上の説明を要求しないことになりました」

「つまり信用したわけじゃない」

「国家同士ですから」

オルフェンは悪びれず答えた。

「ただ、王国が今すぐ古代召喚技術を軍事運用できる状況ではないことは確認できた。それだけでも意味があります」

カイは少し眉を寄せた。

「昨日から何度も古代召喚技術が危険だと言ってるが、普通の召喚とそんなに違うのか」

「違います」

答えたのは後ろから歩いてきたカリーナだった。

召喚契約仲介人である彼女は、その話なら自分の方が説明しやすいと言って、救護院脇の休憩所へ二人を連れていった。

「通常の召喚士がどうやって召喚するかは知っていますね」

「軍で最低限は習った」

「では簡単に整理します」

カリーナは机の上へ紙を一枚置いた。

「通常の召喚では、まず召喚士本人が術式を構築して原界へ接続します。接続できる領域、呼び出せる生命の強さ、現界を維持できる時間は、基本的に召喚士自身の魔力量、技量、適性に左右されます」

カイは頷いた。軍にも召喚士はいた。しかし、一人の召喚士が好きなだけ召喚生命を呼び出せるわけではない。強力な個体を現界させるにはそれだけ高い能力が必要であり、召喚した後も魔力供給や契約維持が必要になる。

「だから普通の召喚士を軍事利用しても限界がある?」

「非常に大きな限界があります」

カリーナは続けた。

「優秀な召喚士は育成に何年もかかります。魔力量も適性も個人差が大きく、同じ訓練をしたから同じ召喚ができるわけではありません。仮に竜系と契約できる召喚士が一人いたとしても、その人間を百人育成すれば竜を百体用意できるわけではない」

「人間そのものが希少資源ってことか」

「そう考えて構いません。そして召喚獣側にも意思があります。強い生命ほど契約してくれるとは限りません」

カイはシアを見る。少なくとも自分の場合、命令して契約したわけではない。

「それに対して古代施設は?」

カリーナが紙の反対側へ線を引いた。

「あなたが見た施設について、我々が最も警戒している点は、召喚を行った主体があなたではなかったことです」

「施設そのもの」

「はい。あなたは起動へ関与した。しかし、原界へ接続する術式を組んだわけでもなければ、シアを選んで呼び出したわけでもない。原界への接続、現界経路の形成、召喚そのものは古代設備が実行した」

カイは初めて遺跡へ入った時を思い出した。自分が望むより先に巨大な金属環が動き、空間の向こう側へ道が開いた。

「だから何だ?」

「もし、その装置を現代国家が操作できるようになったらどうなります?」

カイは少し考えた。

「召喚士がいらなくなる?」

「完全に不要になるとは限りません。ただし、召喚能力そのものを個人から設備へ移せる可能性が出ます」

オルフェンが会話を引き継いだ。

「軍事的には、そこが決定的に違います」

彼は近くにあった食堂の紙と筆を借りた。

「たとえば通常の召喚士が一人、竜系召喚獣一体と契約しているとします。その戦力を増やしたければ、同等の適性を持つ召喚士を探し、育成し、さらに竜系生命から契約を得なければならない」

「簡単じゃないな」

「だから現在、召喚戦力は強力でも大量配備しにくい」

オルフェンはもう一つ印を付けた。

「ところが古代施設の場合、もし設備一基を国家が管理し、条件さえ揃えれば繰り返し原界へ接続できるとしたら、話が変わります」

カイは眉を寄せた。

「待て。召喚獣本人が契約を拒否すれば終わりだろ」

「その通りです」

カリーナが即座に答えた。

「だから古代召喚施設を手に入れれば、そのまま軍隊を無限に作れるという話ではありません。そこは重要です」

オルフェンも頷いた。

「ただし、国家にとっては召喚の入口を継続的に開けること自体が脅威になります」

「どういう意味だ」

「十回開けば、そのうち一体が契約へ応じるかもしれない。百回ならどうでしょう。あるいは契約ではなく、何らかの条件を提示して国家と協力する個体が現れるかもしれない」

カイは嫌な顔をした。

「数を試せるようになるわけか」

「そうです」

通常召喚では、一人の召喚士が失敗すればそこで終わる。高位召喚士そのものを大量に用意できないからだ。しかし古代施設が国家設備として使用できるなら、人間側は設備、魔力、物資を投入して何度も原界への接続を試せる可能性がある。カリーナはさらに補足した。

「もう一つ違います。通常召喚では、召喚士自身が接続可能な範囲に大きな制限を受けます。しかし古代施設が特定の原界領域へ直接接続するよう設計されているなら、人間の適性を超えた領域へ安定して接続できる可能性があります」

「たとえば竜だけを呼ぶ施設?」

「可能性としては」

カイはトビアスの話を思い出した。シアを召喚した遺跡には、獣系生命の身体構造や適応研究の痕跡があった。

「シアの施設が獣系用だったなら、竜系の施設が別にあるかもしれない」

「それを共和国は警戒しています」

オルフェンが言った。

「仮に一つの国家が竜系へ接続する施設を確保したとしましょう。現在の軍事常識では、竜系召喚獣は希少だからこそ戦略級戦力です。しかし国家が恒常的に竜域へ接触できるようになれば、その『希少だから大量運用できない』という前提自体が崩れる可能性がある」

「天穹系なら?」

「大規模治癒、結界、防衛能力の前提が変わります」

「深淵系なら」

「精神、認識、情報戦でしょう」

カイは黙った。ようやく理解できた。強い召喚獣が一匹増えるという話ではない。召喚という行為そのものを、個人の才能から国家設備へ変えられる可能性がある。

「工場みたいなものか」

カイが言うと、カリーナは少し考えてから首を振った。

「完全には違います。工場なら製品を作れますが、原界生命は意思を持っています。古代施設は兵士を製造する装置ではありません」

「なら、港?」

オルフェンがカイを見る。

「港?」

「船を作るわけじゃない。でも、海の向こうと行き来できる場所を持っている国は、持っていない国よりできることが増える」

しばらく沈黙した後、カリーナが頷いた。

「その方が近いですね」

オルフェンも地図を指した。

「我々が恐れているのは、王国が兵器工場を手にしたことではありません。原界への港を手にした可能性です」

その言葉なら、カイにも分かりやすかった。通常の召喚士は、一人ひとりが小さな船を持っているようなものだ。行ける場所も、運べるものも、その人間の能力によって違う。古代施設は違う。もし本当に再利用できるなら、国家そのものが原界と接続する港を所有することになる。そこへ何が来るのかは分からない。相手が協力するかも分からない。それでも、接触する機会だけは桁違いに増える。

「だから帝国や連邦も欲しがる」

「はい」

「魔導技術国家なら解体して調べる」

「おそらく」

「古代守護国家なら封じろと言うかもしれない」

「十分あり得ます」

「宗教国家なら天穹系の施設を神聖視する可能性もある」

「その通りです」

カイは頭を掻いた。

「一匹拾っただけだったんだがな」

シアがその言葉に反応して顔を上げた。

「拾ったは違うか」

シアは当然答えなかった。オルフェンが少し笑った後、表情を戻す。

「そして、もう一つ国家が警戒している点があります」

「まだあるのか」

「古代施設があなたへ反応したことです」

カイの表情が露骨に曇った。

「それは俺も理由を知らない」

「分かっています。王国も回答を拒否していますし、おそらく本当に把握していないのでしょう」

「なら放っておけ」

「もし古代召喚施設の起動条件に、特定の認証資格が必要だったとしたら?」

カイは黙った。

「施設だけを奪っても使えない。しかし、あなたがいれば起動できる。そう考える国家や組織が出てくる可能性があります」

ようやく、自分にも値段が付くというエドムントの言葉が現実味を持った。シアが珍しいから狙われるだけではない。古代施設の扉を開ける鍵として、自分自身が見られる可能性がある。

「最悪だな」

「同意します」

オルフェンは淡々と答えた。

「だから共和国は、今回の照会で施設そのものを要求しませんでした。王国へ、我々が事態を認識していることだけを正式に伝えた。それ以上踏み込めば、王国があなたを国家管理下へ置く可能性まであります」

「余計な気を遣われてるな」

「国家は自国の利益で動いています。結果としてあなたの自由と一致しているだけです」

その答えの方がカイには信用できた。救護院を出る頃には、古代召喚施設がなぜ国家レベルの問題になるのかを、嫌というほど理解していた。通常の召喚は、どれほど強力でも召喚士という個人から離れられない。古代召喚技術は、もし再現できれば、原界への接続そのものを国家が設備として所有できる。その差は、一人の強い兵士を持つことと、兵士を集める新しい国境そのものを持つことほど違う。


翌朝、カイは共和国を出る国際列車の仕事をカリーナが持ってきた。どうやらヴィットリオ経由の依頼らしいが、詳細は分からないとのことだ。海洋国家方面へ向かう長距離列車の警備補助で、停戦直後のため破壊工作や強盗に備える必要があるらしい。仕事票を差し出したカリーナは、カイがすぐに受け取ると少し笑った。

「決断が早いですね」

「これ以上ここにいると、国家安全保障の話ばかり聞かされそうだからな」

「それは否定できません」

「それに旅には金が要る」

宿へ戻り、荷物を整理する。共和国で発行されたシアの登録証も旅券の横へ入れた。そこには所有者の名はなく、意思ある契約主体としてシア自身の情報が記録され、カイは契約関係者として登録されている。少し前まで、カイにとって古代遺跡は偶然迷い込んだ危険な場所でしかなかった。そこで一匹の獣を助けた。それだけの出来事だったはずだった。しかし各国から見れば違う。シアは、古代文明がまだ原界への扉を開ける可能性を証明した存在だった。そしてカイは、その扉が開いた時にそこにいた人間ではなく、扉を開く条件そのものかもしれない。

「面倒だな」

荷物の横でシアが顔を上げた。

「お前じゃない。いや、半分くらいはお前のせいか」

シアはしばらくカイを見た後、荷物の隣へ伏せる。

「明日、次の国へ行くぞ。来るか?」

問いかける必要はないようにも思えたが、カイは毎回本人に決めさせるつもりだった。シアは逃げることも、その場に残ることもせず、荷物へ鼻先を寄せたまま目を閉じた。

「そうか」

翌朝、中央駅へ向かう途中でシアが肉屋の前へ止まった。カイは財布の中身を確かめる。国家は原界へつながる扉の価値を計算し、市場は召喚生命へ値段を付け、研究者は古代技術へ価値を見いだす。そのどれもカイには大きすぎる話だった。

「一本だけだぞ」

肉串を買って渡すと、シアは満足そうに歩き始めた。カイはその隣を歩きながら、自分たちの旅まで国家同士の計算へ組み込まれ始めていることを考えたが、結局すぐに止めた。世界が何を考えていようと、次に自分がやることは列車へ乗って仕事をするだけだった。

その頃、共和国外務院の一室では、翌日の国際列車に関する複数の運行資料が整理されていた。一枚にはカイ・レイヴァンと召喚生命シア。別の一枚にはヴァルグラード帝国外交使節団。担当者は二つの行程が同じ列車へ重なっていることを確認し、書類の中へ静かに差し込んだ。なぜ王国西部の異変が、数ある古代遺産情報の中から早い段階で共和国外交当局の机へ上がったのか。なぜ照会を出す判断に必要な情報が、必要な時期に揃っていたのか。その答えをカイはまだ知らなかった。本人にとって重要なのは、列車へ遅れないことと、次の仕事で宿代を稼ぐことだけだった。世界の側が彼を国家レベルの案件として見始めていることなど、知ったところで歓迎する理由は一つもなかった。

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