隠すことで守る者
王都での事情聴取が一日で終わらなかったのは予想していたが、三日目になっても解放されないとは思っていなかった。表向きの理由は追加の検査と報告書の確認だったが、実際には各省庁がシアと古代遺跡をどの部署の管轄にするか決められず、責任の押しつけ合いをしているらしい。軍務省は安全保障案件だと主張し、王立魔術院は研究対象として協力を求め、外務省は国外へ情報が出た場合の影響を問題視し、国家保全庁は情報そのものを管理しようとしていた。その間、カイは王都の宿へ泊まり、毎朝中央庁舎へ呼ばれる生活を送っていた。
「これなら傭兵仕事をしていた方がましだな」
宿の裏庭でシアへ肉を渡しながら言う。王都ではシアを連れて歩くだけで人目を引くため、外出できる場所は限られていた。それでも数日過ごすうちに宿の従業員は慣れ、厨房の料理人などは余った肉を持ってきてくれるようになった。問題はシアの方もそれを覚えたことで、料理人が裏庭へ来る時間になると厨房の扉の前で待つようになっている。
「お前、俺がいなくても生きていけるんじゃないか」
シアは肉を食べていた。
「そういうところだけ現世界への適応が早いな」
中央庁舎へ到着すると、その日は検査室ではなく国家保全庁の執務区画へ通された。待っていたのはエドムントだった。部屋には大量の書類棚と魔導端末が並んでいるが、机の上だけは異様なほど整理されている。カイが椅子へ座ると、シアは当然のようにその横へ伏せた。
「何の用だ」
「あなた方の扱いが決まりました」
「昨日聞いた」
「王都滞在中の話ではありません。王都を出た後です」
エドムントは一枚の書類を差し出した。そこには、シアを王国軍または王立魔術院の所有物として登録しないこと、カイとの共生契約下にある独立した召喚生命として暫定登録することが記載されていた。
「ずいぶんまともな結論になったな」
「あなたは王国政府を何だと思っているのです」
「聞きたいか?」
「やめておきましょう」
カイは書類を読み進めた。シアに関する情報の多くは非公開扱いとなり、灰性の詳細、古代遺跡の正確な位置、施設起動時の反応、カイが認証部へ触れたことについては、国家保全上の機密指定が付いている。「これは誰が決めた」
「私です」
「第一王女じゃなく?」
「殿下には報告していますが、指定権限は国家保全庁にあります」
「何のためだ」
「国家のためです」
あまりにも自然に言われたため、カイはすぐには返さなかった。エドムントは端末を操作し、いくつかの情報を表示する。
「遺跡事故の翌日から、国外の研究機関三つ、商業企業二社、召喚関連団体四つが王国西部の異常魔力反応について照会しています。さらに、現地周辺では古代遺物業者と見られる人間の活動が増え始めた」
「早すぎないか」
「世界中が古代文明の遺産を探しています。大戦が終わったから減るどころか、むしろ各国は次の優位を得るために動き始めている。新たな古代召喚施設が王国にあることを知られれば、他国から軍事査察・共同研究要求・外交圧力・諜報活動が集中します。そのなかであなた方2人は既に他国からマークされているので、なるべく疑念をもたせないような対応にした」
カイは資料へ目を落とした。
「だから隠す?」
「必要なら」
即答だった。カイは眉を寄せる。
「お前、そういうところは昔から変わらないな」
「あなたもです。情報を隠すことを、それ自体が悪であるかのように考える」
「都合の悪いことまで国家が決め始めるからだ」
「公開すれば人が救われる情報もあります。しかし、公開することで人が死ぬ情報もある」
エドムントはシアへ視線を移した。
「たとえば、シアが灰性発現個体であり、捕食によって自己適応することを世界へ公開したとしましょう。研究者は調査を望み、企業は能力の利用を考え、軍は兵器化できないか検討し、密売人は市場価格を付ける。さらに、古代遺跡が特定人物の接触で起動したと分かれば、次に値段を付けられるのはあなたです」
「嫌な言い方だな」
「嫌な現実だからです。」
カイは反論しなかった。商業国家であればシアへ商品価値を付ける者がいてもおかしくなく、軍事国家であれば兵器として評価する者もいる。カイ自身についても、古代施設を起動できる可能性があると知られれば、放置してもらえるとは思えなかった。
「だから、現時点の公式記録では、遺跡は地殻変動による偶発起動。召喚生命は遺跡内で発見された未登録個体。あなたは救助活動中に偶然接触しただけとなっています」
「半分くらい嘘だな」
「半分は真実です。もちろん他国がどこまで信じるかは分かりませんが」
エドムントの声には迷いがなかった。カイはこの男の考え方が好きではない。誰が何を知るべきかを国家が決め、必要であれば事実の見せ方まで変えるという発想は、カイが軍や政治から距離を置く理由の一つでもある。それでも今回に限って言えば、そのやり方によってシアが研究施設へ連れていかれず、自分も国外の組織から狙われにくくなることは否定できなかった。
「礼を言う気はないぞ」
「必要ありません。あなたのためだけにしたわけでもないので」
「王国のためか」
「もちろんです。国外勢力に未知の古代技術を先に確保されることは、王国の安全保障上望ましくない」
「やっぱり気に入らないな」
「それで構いません」
エドムントは少しだけ笑った。
「信頼されることと、役に立つことは別ですから」
カイはその言葉を覚えておくことにした。午後にはトビアスとセラフィナから最後の説明を受けた。遺跡から回収された記録の解析は始まったばかりだが、獣系原界生命に関する研究、現世界への適応実験、形質変化の記録が含まれている可能性が高い。また、施設内で使われている識別形式には、単独設備ではなく複数の施設を区別するためと考えられる番号体系が確認されていた。
「同じものが他にもあるという話か」
カイが聞く。トビアスは慎重に答えた。
「同じもの、とは言い切れない。むしろ機能の異なる関連施設が複数存在した可能性を考えている」
「何が違う」
「君が入った場所は生体適応と獣系原界生命を重点的に扱っていた。しかし古代文明が原界を広範囲に研究していたなら、別の系統や別の目的を持つ施設があっても不思議ではない」
セラフィナが補足する。
「現代の召喚術にも獣系以外に竜系、天穹系、深淵系があります。古代文明がそれらを研究していなかったとは考えにくいでしょう」
「だからといって俺が探す理由はない」
「誰も頼んでいません」
「今はな」
トビアスは苦笑した。
「少なくとも、今回の遺跡が世界で唯一の特殊施設だと思わない方がいい。それだけ覚えておいてくれ」
カイは返事をしなかった。翌朝、ようやく王都を出てもよいという通知が届いた。中央庁舎で最後の書類へ署名し、シアの暫定登録証を受け取る。登録証には所有者欄が存在したものの、そこは空白となり、代わりに契約関係者としてカイの名前が記載されていた。
「これなら文句はないでしょう」
セラフィナが言う。
「最初からそうしてくれれば三日もかからなかった」
「三日で済んだだけ早いと思います」
「王都の人間は時間の感覚がおかしい」
建物を出ようとすると、廊下の向こうからエレノアが歩いてきた。護衛を数人連れていたが、カイを見つけると足を止める。
「もう出るのですか」
「ああ。仕事を三日もしてない」
「王国から調査協力費を出しましょうか」
「いらない。受け取ったら次も呼ばれそうだ」
「よく分かっていますね」
エレノアは笑った後、表情を少し改めた。
「カイ。私は、シアを王国の所有物にしないという判断が正しかったと思っています。ただ、今回のような存在がこれから増えた時、同じ判断ができるとは限りません」
「王女が弱気だな」
「王女だからです。本人一人の権利だけでなく、その結果として危険に晒される国民についても考えなければならない」
カイは少し考えた。
「なら、その時に見ればいい。生まれや種類で先に決めるんじゃなく、そいつが何をしたかを」
「それだけで国を運営できれば簡単なのですけれど」
「だから俺は政治家じゃない」
「知っています」
エレノアはシアを見た。
「また会えるといいですね」
シアは王女より、その後ろの護衛が持っている食料袋を見ていた。
「多分、こいつは食い物があれば誰でも覚える」
「それは少し寂しいですね」
王都中央駅へ向かう途中、カイは三日前より少しだけ気分が軽くなっていることに気づいた。王都が好きになったわけではなく、軍へ戻りたいとも思わない。むしろ数日過ごしたことで、改めてここには長居したくないと確認できたくらいだった。それでも、軍や政府の中にいる人間を一括りに嫌うこともできなくなっていた。エルヴィラのように現場の兵士を守ろうとする軍人がいて、セラフィナのように召喚生命を一人の意思ある存在として見る人間がいる。エレノアは王族でありながら王家より国民を優先しようとし、エドムントのやり方は気に入らないものの、その情報操作によって自分たちが守られたことも事実だった。組織を信用することと、その中にいる人間を信用することは別なのだろう。その考えは、軍にいた頃から変わっていなかった。
駅へ着く直前、背後から馬車が止まる音がした。降りてきたのはミレイユだった。
「出発前に一つ伝えることがあります」
「今度は何だ」
「あなた方に関する国外からの照会です」
「エドムントから聞いた。研究機関や企業が動いてるんだろ」
「それとは別です」
ミレイユが封書の写しを差し出す。送り主の欄には、メルカディア商業共和国の名が記されていた。内容は簡潔だった。王国領内で確認された未登録の召喚生命について、その個体が意思を持つ契約主体として扱われているかを確認したいという、権利問題に関する照会だった。
「随分早いな」
「私もそう思います」
「王国がまだ公表してない情報を、どうして商業国家が知ってる」
ミレイユは答えなかった。答えられないのではなく、まだ確定していないことを口にしないだけだとカイには分かった。
「無視できるか?」
「王国としても回答していますが、変に探られたくもないので当事者が直接説明してくれると王国としては有難いです。」
「だからこの中途半端な扱いか。王国として回答していれば問題ないだろ」
「あちらとしては当事者に直接確認をしたいとのことです。こちらも今回の件で他国から余計な疑いを持たれたくないので、行ってもらって事故であることを説明してもらえると有難いです。もちろん話す内容には注意してください。気づいていると思いますが、彼らが本当に聞きたいことは権利問題ではなく、古代遺跡の価値だと思います」
「行かなければ自由をはく奪するのか?」
「さあ」
「お前が言うと全部怪しく聞こえる」
「あなたは王国のために動ける人です」
ミレイユは珍しくわずかに笑った。
カイはその言い方が気に入らなかった。シアが顔を上げる。王都へ来る前、カイは事情聴取さえ終われば西部へ戻り、また適当な傭兵仕事を探すつもりだった。世界の謎を調べる使命など持っていなければ、古代遺跡を巡る理由もなく、シアがどこから来たのかについても、本人が困らない限り急いで答えを見つける必要はないと思っている。その考えは今も変わっていなかったが、カイはしばらく考えた後。
「仕事としてなら考える」
「もちろん、それで構いません。向こうには説明しておきます。」
その返事が妙に早かったため、カイはさらに嫌な予感を覚えた。王都中央駅の向こうでは、次の列車が白い蒸気と魔力光を上げながらゆっくりとホームへ入ってきていた。シアがその音へ耳を向け、カイも募集票を外套へしまって歩き始める。王都へ戻ってきたことで何か大きな使命を与えられたわけではなく、世界を救えと言われたわけでもない。それでも、一匹分増えた食費と次の仕事を考えているうちに、カイの旅路は本人が望むより少しずつ広い世界へつながり始めていた。




