獣ではなく一人として
王都中央駅でカイを出迎えたミレイユ・クロウは、軍人だった頃からほとんど印象が変わっていなかった。長身寄りの細身で細面で切れ長の灰色の瞳。表情が少なく、相手の反応を読む視線だけが動く。髪型は艶のない黒髪を顎下の前下がりボブにし、左右非対称に流している。装飾の少ない服を着ており、相手を威圧するような態度は取らないにもかかわらず、会話を始める前から何を聞かれるのか考えさせるような空気を持っている。
「お久しぶりです、カイ・レイヴァン」
「人違いならよかったんだが」
「駅へ到着した本人がそれを言っても説得力がありません」
「呼んだのはそっちだろ」
ミレイユは答えず、カイの横にいるシアへ目を移した。シアも相手を警戒しているらしく、いつもより少しだけカイへ近い位置に立っている。
「その個体が報告にあった原界由来生命ですね」
「名前はシアだ」
「すでに命名したのですか」
「俺が決めたわけじゃない。呼んだらこいつが反応した」
ミレイユは一瞬だけ目を細めた。
「意思疎通は?」
「どこまで理解しているかは分からない。ただ、嫌なことと食べたいものは分かりやすい」
「契約強制力は?」
「試してない」
「命令権限について聞いています」
「だから、試してない」
ミレイユの視線がカイへ戻った。
「危険な能力を持つ可能性のある原界生命を同行させているにもかかわらず、契約による制御が可能かどうか確認していない?」
「制御するために一緒にいるわけじゃない」
「相変わらずですね」
「褒めてるなら珍しいな」
「評価しているだけです」
王都中央駅にはすでにシアを見ようとする人間が集まり始めていた。召喚獣そのものは珍しい存在ではないが、拘束具もなく歩いている未知の獣系個体となれば人目を引く。ミレイユはそれを見て、用意していた閉鎖式の馬車へ乗るよう促した。
「歩いて中央庁舎まで行けば、明日の新聞にあなたとシアの姿が載ります」
「もう知られてるんじゃないのか」
「国内には、まだ詳細を出していません」
その言葉にカイは眉を寄せた。
「まだ?」
「説明は後ほど」
馬車の中ではシアが座席へ上がろうとしたため、カイが止めた。床に伏せたシアを見て、ミレイユは何かを確認するように視線を落とす。
「あなたの指示には従う」
「命令じゃない。宿でも椅子には上げるなと言われたから覚えただけだ」
「その違いは重要ですか」
「少なくとも俺にはな」
中央庁舎へ着くと、カイとシアは会議室ではなく王立魔術院に隣接する検査施設へ案内された。そこで待っていたのが、王宮召喚士セラフィナ・オルティスと古代史学者トビアス・レインだった。
セラフィナは中背で引き締まった体格で淡い金の瞳と蜂蜜色の髪を耳にかかる程度の長さで流している。トビアスは長身寄りの細身で、やや角張った輪郭で、灰青の瞳。寝不足の影がありつつ目だけは鋭い。髪は赤銅色の髪。
セラフィナはシアを見るなり、まずカイではなく本人へ向かって軽く頭を下げた。
「初めまして。私はセラフィナ・オルティスです。あなたの身体と契約状態を確認させてもらいたいのですが、嫌なことがあれば止めます」
シアは当然答えなかったが、セラフィナは急いで近づかず、その場へしゃがんで視線の高さを少し下げた。カイはその様子を見て言った。
「随分丁寧だな」
「召喚生命だからといって、人格がないとは限りません。言葉を話せない獣系個体でも、自分の意思は持っています」
「王都にもまともな召喚士がいたらしい」
「褒めていただいたことにします
」一方のトビアスは、挨拶を終えるより先にカイが持ち帰った遺跡の記録紙と軍が現地で回収した映像資料へ夢中になっていた。長い耳を持つエルフの学者で、机の上には古代文字の写しや地図が大量に広げられている。
「カイ・レイヴァン君」
「君はやめろ」
「ではレイヴァン。君が触れたのは、この部分で間違いないか」
「やっぱり君って言ってるだろ」
トビアスは聞いていなかった。資料には、カイが遺跡深部で見た手形に似た認証部と、召喚装置周辺に浮かんだ古代文字が記録されていた。
「この施設は戦時中に王国軍が一度調査しています。しかし、当時は下層部へ続く扉そのものが発見されていない。記録上、調査隊は同じ壁を三度確認しています」
「見落としただけじゃないのか」
「十二人の調査員と二種類の探査魔法が同じ見落としをしたのでなければね」
トビアスは別の紙を差し出した。
「そして興味深いのはこちらだ。君が接触した直後、施設全体の休眠系統が一斉に起動している。単純な魔力供給では説明しづらい反応だ」
カイは紙を机へ戻した。
「俺が何者か特別だと言いたいなら、別の相手を探せ」
「まだ何も言っていない」
「そういう話は大抵、最後に面倒な使命がついてくる」
トビアスは少し笑った。
「歴史学者としては、使命より事実に興味がある。なぜ反応したのか分からないなら、分からないと記録するだけだ」
その答えには、カイも反論しなかった。検査はセラフィナがシアへ触れてよいかを一つずつ確認しながら進められた。魔力循環、原界由来形質、契約経路、身体損傷の状態が調べられ、シアは最初こそ警戒していたものの、痛みを伴う処置をしないと分かると徐々に落ち着いた。問題になったのは灰性だった。セラフィナが魔力を流して身体内部の変化を確認した際、シアの首筋へ白銀色の紋様が浮かび、計測器の数値が急激に変動した。
「止めます」
彼女はすぐに魔法を解除した。シアは身を起こし、カイのそばへ移動する。
「どうだ」
「一般的な獣系召喚生命の身体構造とはかなり違います。灰性発現そのものは記録がありますが、この子の場合は強く出ている。魔力や物質を取り込んだ際、単に栄養へ変換するのではなく、自分の身体構造へ反映している可能性があります」
「食った物に合わせて爪が硬くなった」
「報告で読みました。ただし、それ以上に気になることがあります」
セラフィナは計測結果を示した。
「変化した身体を維持するために、通常以上の魔力を消費しています。適応するほど必要量が増えるなら、捕食による強化が飢餓を悪化させる可能性は高いでしょう」
カイが宿場町で考えていたことと一致している。
「強くするために食わせ続けたら?」
「どこかで本人の許容量を超えると思います。身体だけで済むか、精神や自己認識にまで影響するかは分かりません」
カイは足元のシアを見る。本人は話の内容をどこまで理解しているのか、セラフィナの持っている器具へ鼻を近づけていた。
「強くなればいいってものじゃないわけだ」
「少なくとも私は、そう考えます」
検査が終わった後、トビアスが一枚の古代文字の写しを持ってきた。
「もう一つだけ見てほしい」
そこには遺跡深部で何度か見た記号が並んでいた。
「この構成は、単独の研究施設で完結する形式ではない」
「どういう意味だ」
「まだ断定できないが、この施設には外部施設との接続を前提とした識別領域がある。研究内容の一部を別の場所と共有していたか、同型施設を複数管理していた可能性がある」
セラフィナが資料を覗き込む。
「原界接続施設が他にもあると?」
「可能性の話だ。だが、シアが召喚された装置だけが古代文明唯一の原界接続設備だったと考える方が不自然ではある」
カイは嫌な予感を覚えた。一つの遺跡だけでも十分に面倒だった。それと似たものが他にも残っているなら、関わらないことが最も賢明な選択に思える。
「場所は分かるのか」
トビアスは首を振った。
「まだ何も分からない。ただ、記録を探せば別の遺跡へつながる情報が出るかもしれない」
「探さなくていい」
「なぜだ」
「見つけたら行けと言われそうだからだ」
セラフィナが小さく笑った。検査室を出ようとしたところで、廊下の向こうから複数の軍人が歩いてきた。中央にいる女性を見た瞬間、カイは再び足を止めた。灰金色の長髪を太い一本編みにし、非常に長身で肩幅があり、高い頬骨と力強い眉を持つ堂々たる美貌で古傷を隠さない外套を肩へかけた軍服の女は、カイの姿を見つけると迷うことなくこちらへ歩いてきた。
「久しぶりだな、レイヴァン」
「今日は昔の知り合いに会う日らしい」
「王都へ戻ってきておいて何を言っている」
エルヴィラ・ダロフはそう言うと、カイより先にシアへ目を向けた。シアも彼女を見返したが、不思議なことにミレイユを見た時ほど警戒していなかった。
「こいつが問題の召喚獣か」
「シアだ」
「そうか」
エルヴィラはそれ以上何も聞かず、隣にいた兵士から包みを一つ受け取ると、中に入っていた干し肉を取り出した。
「食うか?」
シアがすぐに近づこうとしたため、カイが額を押さえた。
「お前は人を見る基準をもう少し考えろ」




