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帰りたくない場所

アルセリア王国中央政府から届いた出頭命令には、王都までの交通費を王国側が負担することと、事情聴取が終了するまでカイ・レイヴァンおよび同行する原界由来生命の身柄を王都中央庁舎の管轄下へ置くことが、ひどく丁寧な文章で書かれていた。命令書を三度読み返したところで内容が変わるはずもなく、カイは宿場町の食堂で朝食を取るシアを眺めながら、王都へ戻らずに済む方法がないかを考えていた。シアはそんな事情を知るはずもなく、床へ置かれた皿から焼いた肉を食べている。宿の主人は最初こそ建物へ入れることを嫌がっていたが、数日間一度も客を襲わず、食べ物もカイが許可するまで勝手に取らないと分かってからは、食堂の隅までなら入れてもよいと言うようになった。ただし椅子へ上げることだけは禁止されており、その点についてはカイにも異論がなかった。

「お前は気楽でいいな」

シアが顔を上げた。

「褒めてない」

意味を理解したのか単に声へ反応したのか、シアは一度だけ耳を動かしてから食事へ戻った。王都へ戻ること自体に法的な問題があるわけではない。カイは軍を辞める際に罪へ問われたわけでもなければ、追放されたわけでもなく、現在も王国籍を失ってはいなかった。中央政府から正式な命令が届いた以上、無視すれば余計に面倒な事態になることも理解している。それでも行きたくないものは行きたくなかった。軍にいた頃、王都には何年も暮らしている。士官学校、軍務省、王宮、外交官街、軍人向けの安酒場まで、どこに何があるか今でもかなり覚えていたし、その記憶のほとんどには、自分がもう関わりたくない人間か仕事が結びついていた。宿の主人が食器を片づけながら言った。

「王都なら仕事も多いだろう。傭兵なら悪くないんじゃないか」

「仕事が多い場所には、仕事を押しつける人間も多い」

「何をそんなに嫌がってるんだ」

「昔住んでた」

主人はそれだけで何かを察したらしく、

「それは帰りたくないこともあるな」

と妙に納得した。王都行きの列車は昼前に宿場町を出た。停戦によって軍用輸送が減ったため、戦時中より民間客車の本数は増え始めていたが、それでも駅には帰還兵や避難先から戻る家族、失われた家を探しに行く人々が溢れており、切符売り場から改札まで長い列ができていた。問題になったのは、やはりシアだった。

「召喚生命の乗車許可証はありますか」

駅員に聞かれ、カイは中央政府から届いた命令書を差し出した。

「ない。代わりにこれがある」

駅員は王国印を確認した後、書面とシアを何度も見比べた。

「同行する原界由来生命一体について移送を認める、とありますが、輸送用の檻はどちらに?」

「ない」

「拘束具は?」

「ない」

「召喚士用の制御術式は?」

「使ってない」

駅員は困った顔になった。

「では、どうやって管理を?」

「管理してない」

「ですが、あなたの召喚獣なのでしょう?」

「俺が呼んだわけじゃないし、所有物でもない。勝手についてきてる」

さらに説明が難しくなったらしく、駅員は額へ手を当てた。後ろでは切符を待つ客が増え続けていたため、最終的には上司まで呼ばれ、中央政府へ魔導通信で確認を取る騒ぎになった。その間、シアは騒ぎの原因が自分だとは知らず、駅の売店から流れてくる焼肉の匂いを追って鼻を動かしている。

「行くなよ」

カイが言うと、伸びかけていた前脚が止まった。それを見た駅員の上司が少し考え、

「少なくとも言うことは聞くようですね」

と呟いた。

「食い物が絡む時だけな」

結局、一般客から少し離れた荷物車両に隣接する区画を使うことで乗車が認められた。檻へ入れる必要はない代わりに、何か問題を起こした場合はカイが全責任を負うという書面へ署名させられたため、出発する頃には王都へ着く前から中央政府に対する印象がさらに悪くなっていた。列車が走り出すと、シアは最初こそ床の振動へ警戒していたものの、窓の外を流れる景色に気づいてからは落ち着きを取り戻した。丘陵や畑が後方へ流れていくたびに顔を動かし、別の列車とすれ違えば耳を伏せ、遠くに家畜の群れが見えれば立ち上がる。その反応を見ていると、原界でどのような生活をしていたのかという疑問が自然に浮かんだが、今のカイには確かめる方法がなかった。

「お前、あっちに戻りたいのか」

シアが振り返る。古代遺跡の装置によって一方的に現世界へ引きずり出された以上、戻れるのであれば戻りたいと思っていてもおかしくない。現世界の食事を気に入り、カイの後ろを歩くようになったことと、ここで暮らしたいことは同じではなかった。

「戻る方法が分かったら、その時に決めればいい」

カイがそう言うと、シアはしばらく彼を見ていたが、やがて窓の下へ伏せた。昼を過ぎる頃から、車窓の外には戦争の痕跡が増えていった。破壊された鉄橋の横に仮設橋が架けられ、焼けた倉庫の跡では復旧作業が続き、線路沿いには軍用輸送のために作られた臨時施設が残っている。王都へ近づくほど建物は増えていったが、だからといって戦争から遠ざかった印象はなく、むしろ傷ついた兵士や避難民の数は地方より多いように感じられた。途中駅で、片脚を失った若い男が杖を使いながら乗ってきた。軍服ではなく民間服を着ていたものの、荷物へ結びつけられた認識票と髪の切り方を見れば、少し前まで兵士だったことはすぐに分かった。男はシアを見て驚いたが、それより先にカイの顔へ視線を止めた。

「……レイヴァン少佐?」

カイは窓の外を見た。

「人違いだ」

「いや、でも――」

「元だ。今は違う」

男は戸惑いながら姿勢を正しかけたため、カイは手で止めた。

「敬礼もいらない」

「失礼しました」

「だから、それもいらない」

男はしばらく黙った後、少しだけ笑った。

「噂で軍を辞めたとは聞いていました」

「軍の噂話は相変わらず暇そうだな」

「戦争中でも、その手の話は早かったですよ」

男の所属を聞くことはしなかった。負傷の経緯も、どこで戦ったのかも聞かなかった。聞けば答えなければならないと思わせるだけであり、カイ自身も軍人だった頃の話をしたくなかったからだ。男は次の駅で降りる際、シアを一度見てから言った。

「今度は召喚士ですか」

「違う」

「そうなんですか?」

「俺にもよく分からん」

男は笑いながら列車を降りた。王都の外壁と、その向こうに広がる建物の群れが見え始めたのは夕方近くだった。複数の尖塔を持つ王宮、そこから放射状に広がる中央街、戦時中に増設された対空防衛塔、復旧工事中の駅舎まで、数年離れていただけでは大きく変わったようには見えない。それがかえって気に入らなかった。自分だけが軍を辞めて遠くへ行ったのに、王都は何もなかったようにそこに残っている。シアが立ち上がり、窓の向こうを見た。

「着いたぞ」

当然ながら喜ぶ様子はない。

「俺は帰ってきたくなかったけどな」

列車が速度を落とし始めると、王都中央駅のホームに軍服姿の人間が何人も立っているのが見えた。その中央には、他の兵士とは明らかに異なる濃紺の外套を着た女性がいて、列車が停止するより前からこちらの車両を見ていた。カイは顔を確認した瞬間、王都へ来たくなかった理由が一つ増えたことを理解した。「到着早々、面倒なのがいるな」

シアが首を傾げる。ホームで待っていた女性――アルセリア王国情報局長ミレイユ・クロウは、久しぶりに会った元軍人へ笑顔を見せるでもなく、列車から降りてくる灰銀色の獣を静かに観察していた。

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