辺境とスタンピード
身体術と魔術を、他者にできるようにさせる、その技術について納得してもらった上で、エルン村長とアデリナさんと俺で、今後どのように展開していくかを相談した。
誰に教えるのか。
誰から教えるのか。
辺境で生きていく力をつけさせる、ということが大事なら、エルン村と北西村の全員に教える、ということが解になるかもしれない。
大森林で戦う力をつけさせる、ということが大事なら、大森林で探索を行う者だけに絞って教える、ということが解になるかもしれない。
何を基準にして教えるのか、また何を基準にして教える対象から外すのか、最初から決めておく必要がある。
まずその基準について決めるべきだと俺は考えていたんだけど、エルン村長とアデリナさんから、その基準にも関わり、エルン村と北西村の在り方そのものにも関わる、重要な話を聞いたのだった。
「うん。誰に教えるのか、誰から教えるのかを考えるのは大事だね。それを考える上でも、まず辺境開拓地域の歴史と、推論も含めた考察、そしてそれらから決めたこの辺境開拓村の在り方と、取り巻く環境について、アルトに伝えておくよ。これは今までアデリナと私だけで共有してきたことなんだ」
それは、エルン村長とアデリナさんが長年積み重ねてきた努力の結晶とも言える知見だった。
「私が南部の辺境開拓村でスタンピードに遭った時、前日まで大森林ではなんの兆候も感じられなかったことが、ずっと気になっていて、辺境開拓村の歴史、特に滅びた事情について調べていたんだ。幸い、辺境開拓地域は王家直轄領だから、王都には辺境開拓村の資料が残されていた。特に、王国の領域が安定して、辺境開拓地域が北東・東・南東・南・南西の5箇所になった頃から、重点的にね」
「私もエルンと知り合ってから、調査に協力したわ。まず、辺境開拓村が滅びた原因について注目しながら資料を調べたの。滅びた原因は辺境開拓村で対応できない単体ないし少数の魔獣に襲われたこと、それとスタンピードの2つがほとんどだった。数例、食料が確保できずに滅びた事例があったけど、それは領域安定後すぐにあっただけで、それ以降は食料の自給ができるようになるまでは支援する仕組みができた。その後、滅びる要因は魔獣に対応できないかスタンピードかの2つに特定されたと言っていい」
「辺境開拓村の存続年数と、滅びた要因の関係について調べると、10年以内に潰れた辺境開拓村は、全て魔獣に対応できなかったケースだったわ。スタンピードで滅びたケースは0だった。そして、10年以上続いた辺境開拓村では、スタンピードで滅びるケースが大半だった。辺境開拓村の人口や生産能力などで見ると、安定している辺境開拓村はほぼ全てと言っていいほどスタンピードで滅んでいた。10年以上続いて魔獣に対応できなかったケースを調べると、ギフト持ちが一度に抜けたり、死亡したりして安定していない事情のあるところばかりだったの」
うーむ。まとめると、
・大森林で何度も探索した経験のあるエルン村長が前日スタンピードの兆候を感じられなかった
・スタンピードで滅びた辺境開拓村は10年以上存続して安定したところのみ
・・・分かり易過ぎるほど、辺境開拓村の安定とスタンピートが相関しているな。
そして、スタンピートの時に大森林に兆候がなかったのであれば、後は、人為的にスタンピートが引き起こされたという可能性が高くなるか?
人為的ならその理由は?安定した辺境開拓村を滅ぼす、そのことによって得られる利益は?
国内なら、王家と貴族の関係によるだろうか。王家直轄領の辺境開拓地域にリソースを割かせることで力関係が貴族側に傾く。
国外なら、アクチュア王国と隣国との関係によるだろうか。係争関係にあるなら、国境とは逆側の辺境を安定させないことは隣国の利益になりそうだ。
俺が考えていると、エルン村長とアデリナさんは話すのを止めて待ってくれていた。
2人に思いついたことを伝えると、
「うん。今の話でそこまで思い至ったか。さすがはアルトだね。私たちも人為的な要因がかなりの可能性で考えられるなと思ったんだ。悪意を持ってスタンピードを起こそうとするなら、大森林の奥から魔獣や瘴気獣を釣り出すことが考えられる。そんなことができるのは、戦闘系のギフト持ちしかいないだろうね。そして前日まで私に悟らせなかったことから、斥候系のギフト持ちが関わっているのではないかと考えたよ」
「そして、当時でも後にでも、証拠になるようなことが残っていないことから、辺境開拓村に潜り込んで情報を集めている者がいると考えたの。少なくとも大森林探索のスケジュールの把握や、適切なタイミングでゴーサインを出す役割の者がいると考えないと、これほど反復継続してうまくやることはできないでしょうしね」
「仮に隣国が利益のために実行しようとしても、辺境開拓村にスパイを潜り込ませるには国内の貴族の手引きが必須になるだろうから、スタンピートを引き起こす動機がなんであれ、貴族の関与があったと仮定して、人口流入の状況を洗ってみた。すると、王都または貴族領からの辺境開拓村への移民が、スタンピード前半年以内には必ず存在することがわかったんだ」
「最後の移民から半年以内にスタンピートが起きて滅びる、このことだけでは因果関係は断定できないわ。ただ、可能性はある。そこで、この南東辺境開拓地域にエルンが就任する時に、間違いなく信頼できる者だけを最前線に集めて、王都や貴族領からの移民は北西に集めることにしたの。表向きは大森林で戦えない者を安全な場所に、という理由をつけてね。もちろん、表向きの理由も嘘ではないんだけど」
なるほど。
確かに推論とそれを裏付ける証拠もあるけれど、それ以外の可能性もあり得なくはない。
でも、相当程度の可能性は、俺もあると思う。
表向きの理由は、俺も話を聞くまでそれで納得していたくらいだし、表向きの理由だけでもエルン村と北西村の2つに分ける案は、有効な体制になっていると思う。
エルン村だけで過ごしていると、周りがいい人ばかりでとてもいいところだと思っていた。
有仁と統合する前のアルトは、幸せしか感じていなかったくらいだ。
北西村の話を初めて聞いた時に、そこまで単純な環境ではなかったのかと思った。
エルン村が北西村を扶助しているような、歪な関係だなと感じたこともある。
エルン村長とアデリナさんに話を聞いていろいろと腑に落ちたところがある。
ここまで考えて、今の体制を作り上げたというのは、本当にすごいと思う。
そして、身体術と魔術を伝える話は、エルン村と北西村の関係だけでなく、この技術が外からどう見られるかも考える必要があることが分かった。
人為的にスタンピートを起こす動機が辺境開拓村の安定なら、この技術は間違いなく辺境開拓村を安定させるものとしてみなされ、動機も強化されるだろう。
この技術そのものにも目を向けられるかもしれない。
一方で、この技術が知られることで、何らかの動きがあるだろうし、スパイの動きを分かりやすくするエサにできるかもしれない。
身体術・魔術を使える者が増える効果と、その技術が知られるまたは狙われるリスク、根本的にリスクを排除できる可能性、いろんなことを勘案して、誰に教えるのか、誰から教えるのかを考えないとな。
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