セルゲイじいさんと身体術①
俺個人の修練として、身体術を行使した状態での精密な動作を追求していた。
エルン村長の10m大剣を振るって標的にかすめるように当てたり、当てないようにしたり。
更に強力な身体術を使った状態で柔らかいものを潰さないようにしたり、細かい動きをしたり。
スキマ時間にできることが多いので、可能な限り試行していた。
できるようになったらすぐに難易度を上げ、常にチャレンジできる課題としていた。
『ここまでは絶対にミスなくできる』という基準が上がっていけば、ついには目指していた目標である『他人に身体術や魔術を使わせる』ことも安全にできるようになるだろう。
辺境開拓地域には、その厳しい環境から老人が非常に少ない傾向にあるようだ。
エルン村では、体制に余裕があるからか、心に余裕があるからか、少しながら老人がいる。
槍術ギフトのマクシムさんの妻の父にあたる、セルゲイじいさんもその一人だ。
セルゲイじいさんは農作業に参加したり子守をしたり、村の活動にしっかり参加していた。
レフ兄さんのいたずらに、セルゲイじいさんが大声を上げて叱るのもよく見ていた光景だった。
俺やイリナがエルン村に来る前に、セルゲイじいさんの奥さんが亡くなった。
奥さんが亡くなる前はもっと元気だったそうだ。
俺やイリナも、セルゲイじいさんに子守で面倒を見てもらったことが何度もある。
賑やかなじいさんで、イリナも懐いていた。
そのセルゲイじいさんが腰を痛めて寝たきりになり、足も弱くなってすっかり元気をなくしてしまって、たまに弱音を吐くようになったと、大森林探索の時にマクシムさんに聞いた。
これは一つの転機かもしれない。
コンコン
「セルゲイじいさん、いるかい?」
マクシムさんの家のセルゲイじいさんの部屋の前で扉をノックして声をかけると、少し経ってから「おう」と小さな声が聞こえた。
予め、マクシムさんに今日はセルゲイじいさんが一人で家にいることを聞いていたから来たんだけどな。
「果物を持ってきたんだ。一緒に食べようよ」
家に入って片手に下げた袋を掲げてセルゲイじいさんに声をかけた。
セルゲイじいさんは、布団に入って寝たまま、天井を見つめていて反応しない。
俺はナイフで梨に似た果物の皮を向き、カットして皿に並べて、セルゲイじいさんが寝ているベッドのすぐそばにあるテーブルにフォークとともに置いた。
俺は椅子に座って果物を食べる。
シャリシャリと咀嚼する音だけが部屋の中に響く。
「マクシムがよくお前の話をしよる。ギフトを得て、活躍しておるようじゃな」
セルゲイじいさんは天井を見つめたまま語った。
「うん。セルゲイじいさん、食べないの?おいしいよ?」
果物を勧めてもセルゲイじいさんは動かない。
「こんなジジイのところで時間を潰しておる場合か。アルト、お前はもっと有意義なことをしていなさい」
セルゲイじいさんは目を瞑り、そして俺を追い出そうとしてきた。
俺はカチャリと更にフォークを置いた。
「セルゲイじいさん、僕は、その有意義なことをしに、ここに来たんだ」
「なんじゃと?」
セルゲイじいさんは今日初めて、俺の方に顔を向けた。
「僕がギフトで身体術を使えることはマクシムさんに聞いているよね。僕のギフトは身体術でどこまでも強化できること、その代わりコントロールが難しいことは聞いているかな?」
「身体術で村の誰よりも強化できるということ以外聞いとらん」
「本当にコントロールが難しくてね。最初の頃は腕がちぎれたり、背骨が折れたりもしていたんだ」
「・・・無茶をしおって」
セルゲイじいさんは顔をしかめながら言葉を漏らした。
「今はもう大丈夫だよ。そして、身体術は自分だけでなく、物も強化できる。それもできるようになった。今は・・・人間の強化に取り組んでいるところなんだ」
「人間の強化」
「うん。物と同じように固くするとかではなくて、他人の魔素を動かして身体術や魔術を使わせるんだ」
「ほう・・・ん?」
セルゲイじいさんは感心しながらもひっかかることがあったようだ。
「うん。自分でも失敗するんだから、他人ならもっと失敗する可能性がある」
セルゲイじいさんは俺の言葉を頭の中で反芻しているようだ。
そして、何かに気づいたのか目を見開き、少し震えながら言ってきた。
「アルト・・・その話をワシにしたということは・・・ワシで試そうということか?」
気づいたか。
まあここまで言ったら気づくよね。
「うん。セルゲイじいさんに、元気になってもらおうと思ってね」
にっこり笑いながら伝えると、セルゲイじいさんの顔がひきつって言葉が出なくなったようだ。
「腕がちぎれても、背骨が折れても、元に戻せるということは俺を見て分かると思う。死ぬようなことはないと考えてくれていい。ただ・・・めちゃんこ痛いことはあるかもしれない」
先に悲観的な内容を伝えておく。
「精密な身体術のコントロールをかなりのレベルでできるようになっているから、そこまでひどいことにはならないと思う。僕がセルゲイじいさんの体で身体術を使う段階ではね。その次に、身体術の要領を体で覚えてもらって、セルゲイじいさん自身に身体術を使ってもらうことになる。そこでかなり苦労することになると思うよ」
セルゲイじいさんは俺の話した内容を理解しようと考え込んでいるようだ。
「ワシが・・・ワシが身体術を使えるようになるということか?」
セルゲイじいさんが少し活力の戻った顔で問いかけてきた。
「うん。絶対とは言えないけど、多分使えるようになると思う。どこまでできるようになるかはセルゲイじいさん次第だけど・・・腰が痛くなったらそれを自分で治したり、腰回りを強化して痛くならないようにしたり、足が弱っていても強化して走れるようになったり、いろいろできることは考えられるね」
「本当か!」
セルゲイじいさんが今日一番の大声を上げた。
「ワシは娘婿のマクシムがギフトで身体術を使えるのも、元エルン隊の連中が身体術を使えるのも、羨ましいとずっと思っとったんじゃ。それどころか婆さんが先に逝ってしまいよって、ワシも体が満足に動かせんくなって、ただただ生かされておるような、そんな情けない気持ちで生きさらばえておったんじゃ。そうか・・・ワシが身体術を、のう」
セルゲイじいさんの顔が若返ったような、子供みたいな表情になった。
なんか、焚き付けた俺が驚くくらい、ワクワクしているようだ。
「やるぞ!ワシはやるぞアルトよ!さあ、ワシは何をすればいいんじゃ!」
セルゲイじいさんは腰を痛めているのに、体を起こして俺に掴みかかってきた。
「セルゲイじいさん!ちょっと落ち着いて!・・・そうだね、早速始めようか」
俺もちょっと焦ってセルゲイじいさんを落ち着け、ベッドに戻した。
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