フェルネスの初陣 (後編) ※シリアス※
前編の続きです
フェルネスは、国王陛下の甥とその姪の亡骸を携え、エルドリア城の上空に到着した
城内には激しい戦闘の痕跡が残り、ところどころに遺体も横たわっている。
「あの辺りに父の気配がします。ご無事でいらっしゃる!」
少年は指差しながら、安堵の声を上げた。
フェルネスは飛行魔獣を降下させる。
その場に居合わせた者たちは、飛行魔獣が降りられるように慌ただしく場所を空けた。
無事に着地すると、フェルネスは固定の魔法を解き、赤子を抱いた少年を地上へと降ろす。
「父上!」
少年は小柄な黒い髪の男性へと駆け寄った。
その男の手首には、縄で縛られていた痕がくっきりと残り、顔にも殴打の跡が見て取れる。
「レオンハルト……無事であったか。母上は?」
「アルベルト様でいらっしゃいますか。
私はアストリア王国より救援に派遣されました、フェルネスと申します。お見知りおきください」
フェルネスは兜を取り、膝をつき、頭を垂れて挨拶する。
「我が息子と赤子を送ってくれたこと、感謝する……」
アルベルトはそう言いかけて、息子の腕に抱かれた赤子の様子に気づいた。
その小さな体に命の気配がないことを悟り、表情を曇らせる。
「母上は?」
改めて息子へ問いかける。
「妹殿下はただいま、生死の境をさまよっておられます。医師によれば、あとは気力次第とのことです」
フェルネスが代わって答えた。
「わかった。すぐに向かう」
「あちら、炎が上がっている場所でございます。現在、救援の者たちが消火にあたっているはずです」
フェルネスは遠くに立ち上る炎を指し示した。
「誰か、飛行魔獣を操れる者はおらぬか?」
「はっ、私が参ります」
中年の騎士が一歩前に出る。
「頼む。だが、少し待ってくれ」
アルベルトは少年の手から赤子の亡骸を受け取り、そっと抱き上げた。
じっとその顔を見つめ、やがて強く抱きしめる。
「この子が亡くなっていることを、エリーナは知っているのか」
小声でレオンハルトに問う。
「いいえ、知りません。クラウスという騎士が、『生きている』と、母を励ますために伝えました」
「そうか……。では、妻が落ち着くまで、この子の死は伏せよう。
他の者に悟られぬよう、埋葬してくれるか」
アルベルトは側に控えていた侍女二人に、静かに命じた。
「かしこまりました。お任せください。どうかお早く奥様のもとへ」
「フェルネス殿、礼を申す」
「いえ、どうか妹殿下のもとへ」
「……ああ」
アルベルトは中年の兵士の飛行魔獣に乗り、炎の上がる村へと飛び去った。
その場には、フェルネスとレオンハルトだけが残される。
「フェルネス殿、お願いがあります」
少年は強いまなざしでフェルネスを見上げた。
「何でございましょう」
フェルネスは目線を合わせるため、片膝をつく。
「妹は死んでいない。そなたが連れて帰ったことにしてほしい」
そう言うと、少年は両耳の耳飾りに魔力を流し、外した。
「これを妹の証として持っていってほしい。先ほどの騎士の指輪と共に」
フェルネスは目を見開いた。
「私は構いませんが……よろしいのですか」
「……いいも悪いもない」
少年は一度だけ言葉を詰まらせた。
だが、次の瞬間にはまっすぐにフェルネスを見据える。
「僕はあの騎士を嘘つきにしたくない」
「あの人は……最期の力を振り絞って、母上を守った」
「あの人は、最後まで騎士だったんだ」
「それを無駄にしたくない。頼む……!」
フェルネスの瞳に、静かに涙が滲んだ。
だが、それを拭おうとはしなかった。
拭ってしまえば、何かがこぼれ落ちてしまう気がしたからだ。
「ありがたきご配慮、感謝申し上げます……」
「兄も……これで、報われましょう」
「兄上であったのか?」
「血の繋がりはございませんが、姉の夫でございました」
「そうか……では頼むぞ。母が落ち着いたら、真実を話す。それまでだ」
「しかと承りました」
「レオンハルト様!」
侍従らしき男が駆け寄ってくる。
「さあ、行ってください」
「わかりました。お預かりいたします」
フェルネスは耳飾りを懐にしまい、飛行魔獣へと乗り込む。
再び炎の上がる村へと向かった。
「ご子息と妹君は、無事に城へ送り届けました」
フェルネスは副団長へ報告する。
「そうか……クラウス殿は、村人たちの厚意により、村の墓地へ葬られた。
損傷が激しく、とても連れ帰れる状態ではなかった……」
フェルネスは唇を噛みしめる。
「最期に立ち会えたこと、何よりでございます」
絞り出すように呟いた。
「妹殿下は?」
「アルベルト様が付き添っておられる。医師の話では、容体は安定してきているそうだ」
「それは……よろしゅうございました」
「フェルネス殿、この件を国王陛下に報告してもらえるか。
我々はここに残り、後始末にあたる」
副団長は続ける。
「クラウス殿のおかげで城は守られ、妹殿下も甥御も助かった……あの赤子はどうした?」
「侍女に託しました。実は死産でございました。
しばらく伏せてほしいとのことで……ここだけの話に願います。表向きには、私が連れ帰ったことに」
副団長は一瞬言葉に詰まったが、やがて頷いた。
「わかった。そのようにしておこう。アルベルト様も承知されているのだな?」
「はい」
「では、その旨も陛下に伝えてくれ……クラウス殿のことも。
間に合わなかったのが、無念だ……」
副団長は唇を噛みしめた。
「兄は騎士として立派に使命を果たしました」
「……最期まで、誰かを守り抜いたのです」
フェルネスは拳を握りしめ、震える声で言う。
「……そうだな。頼んだぞ」
「かしこまりました」
フェルネスは飛行魔獣に乗り、アストリア王国の城へと向かう。
「姉上に、何と伝えればよいのだろうか……」
ふと、クラウスと共にいる姉の幸せそうな笑顔が脳裏に浮かぶ。
フェルネスは強く頭を振った。
「……まずは報告だ」
それが、騎士としての務めだった。
それ以外の感情を、今はまだ、胸の奥に押し込める。
飛行魔獣は速度を上げ、アストリアの城を目指して空を駆けた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本編と外伝では描かなかった場面を描きました。




