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皇女の帰還―約束の耳飾り― 番外編集  作者: 鶴見 日向子


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17/18

ーカイレスの逃亡ー (本編前の話)※過去のシリアスな場面が出ます※

カイレスがターシャから一時的に離れる決心をした理由を描いています

十歳のカイレスは、祖父に連れられ、国王陛下に目通りしていた。


「十歳になったそうだな。それでだ、話がある。公爵は下がりなさい」


そう言われ、公爵は静かに下がっていった。


「もうすぐ、そなたの妹だったはずのターシャが、この国にフェルネスと共に帰ってくる」


「はい。半年ぶりに叔父上と妹に会えます」

カイレスは満面の笑みで答えた。


「そのことだが……そなたはもう十歳になった。事実を話しておきたい。

そなたの本当の出自についてだ」


「本当の出自……?」

カイレスは首を傾げた。


「そなたはエリアスとロザーリアの実の息子ではない。

実は亡き前国王――我らの父上の落とし子なのだ」


カイレスは、その言葉の意味をまったく理解できなかった。


「要するに、私の……年の離れた腹違いの弟ということになる」

国王は静かに言う。


カイレスはますます首を傾げた。


「陛下の父上は……すでに亡くなられておりますよね?

私の父にしては、お年を召し過ぎているのでは……?」


思ったままの疑問が口をついて出た。


「そうなのだが……事実だ」

国王は苦い表情を浮かべた。


「そのようなお年の方が、なぜ子を……?」


「はずみだ。エリアスの義理の妹が、そなたの本当の母親だ。

そなたを産んですぐ、事故で亡くなった」


「事故で……亡くなった……」

カイレスには、その話に聞き覚えがあった。


エルドリアにいた頃、下級の召使いたちがひそひそと話していたのを耳にしたことがある。

――「年寄りに手籠めにされたお嬢さんが、生まれた赤ん坊を見て、衝撃で身投げをした。

だが事故として処理された」


その身投げをした場所には、いつも花が供えられていた。


カイレスの顔色が変わっていく。


その話を聞いた時は、「誰かの話だろう」と深く考えなかった。


だが――その場所は、自分が住んでいた邸宅だった。


――「生まれた赤ん坊を見て、身を投げた」

それが事故死として処理されたという話。


遠い昔の出来事だと思っていた。


だがそれは、自分の母のことだった。


そして、その赤ん坊は――自分だったのだ。


エルドリアで時折向けられていた、あの哀れみの視線。


その理由を、カイレスは悟ってしまった。


国王は、カイレスの変化に気づきながらも言葉を続ける。


「そなたは魔力もあり、非常に優秀だ。私には息子が一人しかおらぬ。そなたを養子に迎えたい」


亡き母ロザーリア、クラウス、エリアス、フェルネス、公爵夫妻、エルドリアの王太子夫妻、そしてターシャ。


今まで大切に思ってきたすべてが、音を立てて崩れていく。


「……いやです。なりません」

カイレスは即答していた。


気づけば頬に涙が伝っている。


「帰ります」


国王の顔を見ることもなく、そのまま扉へ向かい、部屋を出た。


外で待っていた公爵が「話は聞いたか?」と問うが、何も答えない。


無言のまま、公爵邸へと歩く。


その後ろを、公爵が静かについてきていた。


その時――

「やあ、カイレス。久しぶりだな」

公爵邸から出てきた小柄な男と、ばったり出くわした。


「アルフレッド?」


「そうだよ。覚えていてくれてうれしいよ」


母の従兄であるアルフレッドは、定期的に公爵邸を訪れてはエリアスと話をし、用事が済むとすぐに帰っていく人物だった。


「今日はエリアスと会う約束だったのだが、留守でね。帰るところだったのだよ。

……顔色が悪いな。何かあったのか?」


その問いかけに――


カイレスの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


そのままアルフレッドにしがみつき、声をあげて泣き出す。


「公爵、申し訳ありません。この子を診させてください。何かあったに違いありません」


「わかった。戻ろう」


三人は公爵邸へと戻った。


「二人だけにしてください」

人払いを済ませると、アルフレッドは静かに語りかける。


「何があったのか、話してごらん。私は医者だ。誰にも話さない」


カイレスは涙を流しながら、とぎれとぎれに語った。


「そうか……それは驚いただろうし、つらかっただろう」

アルフレッドはそっと手を握る。


「受け入れられないのは当然だ。大人でさえ、乗り越えられているかどうか分からぬのだから」


アルフレッドの脳裏に、女性恐怖症となったフェルネスの姿が浮かぶ。


あの時のフェルネスと同じ年齢――カイレス。


奇妙な因縁を感じずにはいられなかった。


(さて、どうしたものか……)


クラウスが引き取られてきた時のことを思い出す。


彼もまた、故国から逃げてきていた。

(あの時とは事情が違うが……)


「今、どうしたい?」

カイレスは考えるが、言葉が出てこない。


「今まで通りここで暮らす事はできるか?」

カイレスは首を激しく横に振った。


アルフレッドは優しく言った。


「違う土地へ行ってみるのもいい。つらい時は、逃げてもいいのだよ」


「……逃げてもいいのですか?」

カイレスは目を見開いた。


「ああ。逃げられるなら逃げていい。それが必要な時もある。今は、その時だ」


「どこへ……?」


「私が昔世話になった寄宿学校はどうだろう。様々な国の貴族の子が集まっている。事情を抱えた者も多い。表向きは公爵の孫だ。受け入れてもらえる」


その言葉で、カイレスは決心した。


「そこへ行きたいです。ここにいるのは……つらすぎます。ターシャと顔を合わせるのも……」

カイレスは再び涙をこぼした。


「わかった。公爵夫妻には私から話そう。落ち着いたら戻ればいい」


その日のうちに、アルフレッドは事情を説明した。


「養子の話をしただけのつもりが……すべて悟ってしまうとは」

公爵は言葉を失った。


「敏い子です。過去は変えられません。しかし未来は変えられる。今はその道を選ぶ時です」


こうして、カイレスの海外留学は決まった。


――そして。


エリアスがフェルネスとターシャを連れて帰ってきた日。


ターシャはいつものようにカイレスに抱きつこうとした。


だが、その身体はすっとかわされた。


一瞥だけを残して。


「海外へ留学することになった。休みになったら帰ってくる。いい子でいなさい」

そう言って頭を撫でると、すぐに騎士と共に飛行魔獣へ乗り込む。


「いやだ! 行ったらいやだ!!」


ターシャは叫び、飛び立とうとする魔獣へ駆け寄る。


だが、カイレスは振り返ることなく飛び去った。


やっと再会できた兄。


いつも優しかった兄。


その兄に拒まれた――それは受け入れ難い衝撃だった。


その後、ターシャは泣き続けた。


「お兄様はいつ帰ってくるの?」

そればかり繰り返した。


だが――カイレスが帰ることはなかった。


それからターシャは「兄」という言葉に敏感になり、感情を爆発させて癇癪を起こすようになっていった。


その度に、エリアスとフェルネスを困らせることになるのだった。


本編でターシャが「帝国なんて行かない」と癇癪を爆発させるようになったきっかけを描きました


読んでいただきありがとうございます

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