―男達の話し合い― (本編7話の裏話)
表題通り、第7話の皇太子が「自分も話に混ぜろ」と入ってきてからの話です
レオンハルトは、公爵家を訪れ、エリアスとフェルネスへの面会を申し入れた。
執事はレオンハルトの顔を見て、思わず目を見開く。
「クラウス様……?」
思わず漏れた言葉に、レオンハルトが反応した。
「クラウス殿を、そなたも知っているのか?」
「それはもう……立派なお方でした」
執事は一瞬、涙ぐんだように見えたが、すぐに姿勢を正した。
「……失礼いたしました。どちらさまでございましょう?」
「グランディル帝国の皇太子だ。エリアス殿とフェルネス殿がここにいると聞いた。会えないか?」
執事は深く一礼する。
「どうぞこちらへ。ちょうどお二人とも同じ部屋にいらっしゃいます」
皇太子の来訪に驚きつつも、断ることなどできなかった。
フェルネスとエリアスという長身の2人を見慣れている執事でさえ、それ以上に大きなレオンハルトには圧倒される。
(そんなところまで、クラウス様に似ている……)
執事が案内するより早く、レオンハルトはずかずかと廊下を進み、部屋へと向かった。
玄関に立った時点で、盗聴の魔法によって、2人の会話はすでに聞き取っていた。
「すまぬな。エリアス殿の説得は伯父上が行う予定だったのだが、無理だと思って、直談判に来た。こちらの侍女にも叱られたしな」
レオンハルトが静かに笑う。
「エリアス殿。そなたと私はいとこ同士だ。信用してくれぬか?」
「いきなり現れた男に、なぜ大事な娘を渡さねばならない!? ふざけるな!」
エリアスが怒りに震える。
「我が母も信用できぬのか?」
「そ、それはない……。叔母上には幼い頃から可愛がっていただいた」
エリアスはしどろもどろになった。
「こちらは父からの伝令文だ」
レオンハルトは懐から文書を取り出し、エリアスへ渡す。
そこには、ただ一文。
『我が娘の帰還を待つ』
それだけが書かれていた。
エリアスの顔色が変わる。
「もう帝国側では準備が整っている。ターシャちゃんとフェルネスを、素直に帝国へ渡してほしい」
「フェルネスも? どういうことだ、フェルネス!」
「私も同行することを条件にいたしました」
フェルネスは表情を変えずに答える。
「なぜ前もって相談してくれなかった!」
「義兄上の気持ちを、痛いほど理解していたからです。絶対にターシャを手放したくない理由が、私にはわかっていた」
フェルネスが静かに告げる。
その直後、フェルネスが指を鳴らした。
淡い光の膜が広がり、エリアスとフェルネスの2人を包み込む。
盗聴防止の魔法だった。
「義兄上のためです。ターシャが側にいれば、義兄上は無理を重ねる。それは、亡き姉上を悲しませてしまう」
フェルネスの目が真剣になる。
「皇太子殿下に秘密を暴かれたいのですか?」
エリアスの肩がびくりと震えた。
「義兄上の本来の願い――ターシャが側にいればいるほど、それは遠ざかっていく。
本当に望む姿とは真逆の道を、歩み続けなければならない。耐えられますか?
もしターシャに真実を知られたら……どうなさるおつもりです?」
「……」
「受け入れてくれるかもしれない。ですが、そうとは限らない」
エリアスは唇を噛み締めた。
「しかし、ロザーリアと約束した。2人を守ると……」
「充分守ってくださいました。もう、これ以上は無理をなさらないでください」
フェルネスは深く頭を下げた。
「亡き姉上を悲しませたくない。義兄上に無理を重ねてほしくない。私の願いは、それだけです。
2年間世話になり、本当に感謝しております。
これはターシャのためだけではありません。皇后陛下、そして義兄上のためでもあるのです」
エリアスは完全に言葉を失っていた。
「……そなたまで行くのは、なぜだ?」
「ターシャ1人を、見知らぬ国へ送り出すわけにはまいりません。本来なら侍女が同行するのでしょうが、私ほどターシャの側にいた者はいません」
エリアスは黙り込む。
「2人だけで話していないで、そろそろ私も混ぜてくれぬか?」
レオンハルトが声をかけた。
「失礼いたしました」
フェルネスは光の膜を消した。
「本当に帝国へ行けば、身内として扱ってもらえるのだな?」
エリアスが問う。
「当然だ。大事な恩人の忘れ形見だ。決して悪いようにはせぬ。父もかなり乗り気だ。
……笑って送り出してくれぬか?」
レオンハルトが頭を下げる。
その姿は、あまりにもクラウスによく似ていた。
顔立ち、体格、そして何気ない仕草まで。
「皇帝陛下も、同じ髪色と瞳の色なのか?」
「ええ。この黒髪と深い緑の瞳は、皇族の証の1つです」
エリアスは息を呑んだ。
ふと、黒髪と緑の瞳を持つターシャを、クラウスが抱き上げている姿が脳裏に浮かぶ。
クラウスは、娘の存在を知らずに逝ってしまった。
もし生きていたなら――。
同じ髪、同じ瞳を持つ父に、優しく抱き上げられていただろう。
その時、窓ガラスに映る自分の姿が目に入った。
長い銀髪。
濃い紫の瞳。
「ターシャと、自分は違いすぎる……」
その思いが、エリアスの心を揺らした。
長い沈黙の後――。
覚悟を決めたように、エリアスは頭を下げる。
「わかりました。我が娘を、どうかよろしくお願いいたします」
こうして、話し合いは終わった。
「明日の朝、再び来させてもらう」
そう言い残し、皇太子は去っていく。
「義兄上……ありがとうございます」
フェルネスは再び頭を下げた。
しかしエリアスは、何も答えなかった。
ただ静かに、遠くを見つめ続けていた――。
この後、エリアスがだんだん壊れていきます・・・・




