第96話:モンスター・アンド・シルバー・ギミック
狂乱のメインストリートから少し外れた、静まり返るパドック。
敗れたモンスターは、受肉したばかりの「体温」を帯びた手で、不器用にヘルメットを抱え、菖子の前に立ち尽くしていた。
「……菖子さん。……ごめん。……俺、負けちまった。……あんたが、……あんなに身体張って……守ってくれたのに……」
うなだれる少年の、隠しきれない熱と、負けた悔しさに滲む震える声。
菖子はいつものように眼鏡のブリッジを中指で直したが、その指先は、自分を見つめる少年の「視線」の熱に耐えきれず、微かに震えていた。
「……何、言っているんですか。……貴方のあの『叫び』、……私の心にまで、……響いてきましたよ。……役得、……でしたよ」
菖子は、事務的な言葉を選ぼうとして、けれど言葉が出てこなかった。
代わりに、彼女は迷いながらも、そっと彼の、汗の滲んだ硬い肩に手を置いた。
――熱い。
――そして、なんて……細くて、逞しいのかしら。
「肉体」という実体を得てしまったからこそ、数cmの距離が、数千マイルよりも遠く、もどかしく感じられる。
モンスターが、勇気を振り絞るように、菖子の細い指先に触れようと、その手を伸ばした――。
指先が、わずかに触れ、互いの「体温」が混ざり合った、その一瞬だった。
「……おやおや。……砂漠の夜は冷えると言いますが、ここは随分と、……不必要な熱を帯びていますな」
銀色の騎士、ジェントルが、ノイズ一つない優雅な所作で影から現れる。
その隣には、先ほどまでオーナーの前で蕩けた顔をしていたはずの乱菊が、再び「淑女」の皮を一枚被り、けれど瞳には最高に底意地の悪い光を宿して立っていた。
「……おほほほ。……ええ、ジェントル。……若いお二人の『実体実験』、……あまりに微笑ましくて、……私、……計算エラーを起こしてしまいそうですわ」
乱菊が、わざとらしく扇で口元を隠し、クスクスと、けれどガレージ全体に響くように「わざと」聞こえる音量で笑う。
「……な、……っ!? ……乱菊さん! おっさん! ……見てたのかよッ!!」
顔を真っ赤にして、まるで湯気を出しそうな勢いで跳ね上がるモンスター。
菖子もまた、弾かれたように手を離し、無機質なコンソールを、まるで仇敵のように睨みつけた。
「……ぎょ、業務連絡です。……次のセッションに向けて、……データのクリーニングを……開始します! ……早く、戻りなさい!」
逃げるように去る菖子の後ろ姿と、その後を「待てよ、菖子さん!」と追いかけるモンスター。
その二人の背中に、乱菊とジェントルの容赦ない、けれどどこか祝福に満ちた笑い声が、ベガスの夜風と共に追いすがっていった。




