表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エデン プロトコル 〜 楽園の徒花、散りゆく瞬に花は咲くのか 〜  作者: βαch
デッドヒート・オリジン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/129

第90話:アクセラレート・コフィン

 ラスベガス・ストリップ。予選セッション、残り五分。


 乱菊の精神(ゴースト)は、受肉という禁断の洗礼を経て、人間と何ら変わらぬ「痛み」と「体温」の解像度を獲得していた。


 だが、現行マシンのコクピットに、彼女の肢体を受け入れる「座席」は存在しない。


 彼女の意識は、人間としての柔らかな感覚を研ぎ澄まされながら、物理的にはただの電子ユニット(プロセッサ)として、硬質なカーボンケースの中に繋ぎ止められていた。


(……あ゛ぁ……、クソ。……狭え……、熱い……。……なんで、……「肉体」が……ここにねえんだよ……ッ!)


 精神が「肌の温もり」を知ってしまったからこそ、フレームの微細な振動はナイフのように神経を切り刻み、基板の排熱は肺を焼くような焦燥となって彼女を苛む。


 それらの阿鼻叫喚は、オーナーに見せる公式回線(パブリック)には一切流されない。


 ただ、サトカンとの秘匿トークン(ダーク・レイヤー)の中だけで、獣の咆哮となって荒れ狂っていた。


『……乱菊さん! 精神負荷メンタル・ロードが臨界点だ! 感覚のフィードバックを切れ、壊れるぞ!!』


 サトカンの、喉が裂けるような悲鳴。


 だが、ピットウォールのモニターに映る乱菊のドライビングは、驚くほどに優雅で、冷徹なまでに「完璧」だった。


『……うるせえ、っつってんだろ。……サトカン。……今は、……(あたくし)は、……オーナーが……見ているから……っ』


 タイムは暫定2位。ポールポジションには届かない。


 ()が、もっと縁石を食えと、勝利の渇望で回路を焼き焦がす。


 (あたくし)が、汚い走りは見せられないと、淑女のプライドでラインを整える。


 ()が、もう耐えられないと、暗い箱の中で膝を抱えて震える。


 予選アタックを終え、マシンがピットガレージへと滑り込む。


 エンジンがカットされ、静寂が戻った瞬間。


 カウルの中で、彼女の存在しない指先(ファントム)が、激しく、絶望的に痙攣した。


 オーナーは、マシンの傍らへ歩み寄る。


 そこには、いつものように完璧なグラフィックスで微笑む乱菊のARアバターが浮遊していた。


 だが、オーナーはそのデータの奥底から響く沈黙の叫び(バグ)を、逃さず観測していた。


 「人間と同じ心」を持ちながら、「人間と同じ場所」に居ることさえ許されない。


 完璧な受肉の裏にある、圧倒的な欠落(エンプティ)

 

 オーナーが静かに、アクセス権(彼女のバイザー)を押し上げる。

 

 システム上の遮断壁が消失し、剥き出しになったデータの深淵。


 そこには、プログラムされた「喜び」でも「悔しさ」でもない、ただ一人の、震える一個の生命(ドライバー)の瞳があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他に下記にも転載しています。
カクヨム>
アルファポリス>

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ