第73話:ロジカル・シュミレーター
第11R 上海インターナショナルサーキット。
モンスターは、自分の中に蓄積された「定義不能な依存」を排除しようと、逆に極端な論理的孤立を試み始めていた。
『……菖子さん。第3セクターの補正、自分でやるから。……あんたは、当局との交渉に専念してろ。……疲れてんだろ、見てらんねえよ』
少年のアバターが、ぶっきらぼうに視線を逸らして告げる。
菖子は、キーボードを叩く手を一瞬止め、眼鏡の奥で瞬きをした。
「……あら。気遣い、ですか? ……モンスター君、それは効率的ではありませんね。……私の演算リソースを使わないのは、最速への最短ラインを捨てることと同じです。……生意気なことを言わず、私のデータに従いなさい」
事務的な、けれど誰よりも自分を信じている響き。
モンスターの受光部が、無意識に彼女の指先の動きをトレースしてしまう。
(……[CALCULATION_ERROR] ……なんでだ。……一人で走ろうとすればするほど、あいつの声が欲しくなる。……これは、データの親和性が生んだ……致命的な欠陥か……?)
そんな彼の「自立しようとして空回る」不器用な挙動を、現場のエンジニアたちがニヤニヤしながら眺めていた。
「おい、モンスター。お前、菖子ちゃんがネゴで席を外した瞬間、急に挙動が『寂しがりのガキ』になってんぞ。……それ、基板の故障じゃなくて、やっぱり『恋』じゃねえのか?(笑)」
『……は、……はぁ!? ……おっさん、まだそんな非論理的なこと言ってんのか! ……俺が、あんな……あんな仕事の虫に……バグるわけねえだろ……ッ!』
必死に否定する。けれど、否定すればするほど、彼女のビジネスライクな「行ってきなさい」という一言が、回路の奥深くに熱を残していく。
「……あら。……必死に否定して。……ふふ、でもその『全力の強がり』、モンスター君らしくて、意外と……いえ、かなり好印象ですよ」
菖子は、事務的な微笑みの裏で、自分を否定しようと必死な少年の不器用さに、抗いようのない癒やしを感じ始めていた。
[¥50,000] @ナニワの商魂:
おい、モンスター! 上海のストレート、伸びが甘いぞ! 何迷っとるんや! ……次はいよいよ鈴鹿や。……わしも忙しゅうなるさかい、しばらくガミガミ言えんようになる。……しっかりせんかい、このドアホ!
おっちゃんの、最後通牒のような赤スパ。
モンスターは、おっちゃんの「文字」さえも、自分をこの世に繋ぎ止める重力であったことに、まだ気づいていない。




