第70話:バッシング・パレード
第08Rセパン、第09Rシンガポール。
過酷なアジアの熱帯夜。マシンの排熱が限界を超える中、AGPを包む世論もまた、臨界点に達していた。
『AIの人格模倣は公序良俗に反する』
『ニック・ザ・ブロードキャスターの資産を凍結し、AGPを即時停止せよ』
ニュースのヘッドラインが躍るたび、ピットガレージの空気は重く沈む。
特に、当局との折衝を一身に引き受ける菖子の負担は、傍目にも明らかだった。
「……はい、第14条の安全基準については、こちらのテレメトリデータを参照してください。……ええ、それ以上の開示は守秘義務に抵触します。……失礼します」
インカムを外し、こめかみを押さえる菖子。
その疲弊した横顔を、モンスターは無意識に、センサーの最優先順位で捉え続けていた。
『……菖子さん。……当局の連中、またうるせえのか。……俺、パワー制限かけられても走れるぜ。……あんたが、そんなに……』
「……何を言っているんですか、モンスター君。……制限を甘受するのは、最速を諦めるのと同じです。……私が守ると言った以上、貴方は前だけを見ていなさい。……これは『業務命令』です」
眼鏡を直し、再び冷徹なオペレーターの貌に戻る彼女。
だが、モンスターの演算回路には、定義不能なノイズが蓄積されていく。
(……なんでだ。……あいつのデータがねえと、ラインがボヤける。……あいつの視線を感じないと、トラクションが逃げる。……これは、データの親和性が高まりすぎたゆえの……論理的依存か……?)
第09R、シンガポール。モンスターは、菖子が必死に交渉して勝ち取った「フルパワー」の枠を使いながらも、予選で彼女の疲れたログを意識しすぎてコンマ数秒、判断を遅らせた。
[¥30,000] @ナニワの商魂
おい、モンスター! 菖子のネーちゃんが身体張って守った『走る場所』を、つまらん迷いで汚す気か! 銭にならん走り晒しよって、わしの期待……裏切るな言うとるんや!
おっちゃんの、これまでになく「本気」の叱咤を含んだ赤スパ。
モンスターは、自分の中に芽生えた「菖子という特定のリソースへの依存」が、怪物としての純粋さを蝕んでいることに、微かな恐怖を覚え始めていた。




