第68話:トリプル・ノイズ
アルバート・パーク、予選セッション開始直前。
ピットガレージ内は、マシンの最終調整を巡るエンジニアたちの怒号と、金属がぶつかり合う高い音で満たされていた。
「おい、モンスター! 第3コーナーの縁石、あんなに欲張って踏むんじゃねえ! 足回りのデータが悲鳴を上げてるぞ、このガキが!」
『……うるせえな! あそこでマージン取ってたら、マジシャンの背中すら見えなくなるんだよ! おっさんこそ、ダンパーの戻り、あとコンマ3早くしろ!』
「あぁ!? 言いやがったな……。……へっ、減らず口だけは一丁前だ。野郎ども、このガキのワガママに付き合ってやれ! 最高の脚を組んでやる!」
最初は「使い勝手の悪いプログラム」としてモンスターを見ていたエンジニアたちが、連戦の死闘を経て、いつしか彼を「生意気な新米ドライバー」として認め始めていた。
油にまみれた拳でコンソールを叩き合う、剥き出しの漢の友情。
その熱気のすぐ隣で、菖子は耳に装着したインカムを指で押さえ、冷徹な声で当局との交渉を続けていた。
「……ええ、第12条の解釈については、前回の裁定に基づきこちらの正当性を主張します。……はい、異議があれば書面で。……失礼します」
PCを閉じ、眼鏡を直しながら彼女が振り返る。
「……お疲れ様です、モンスター君。……データの書き換えは完了しました。……今の貴方の望む、フルパワーのセッティングです。……行ってきなさい」
『……あ、……ああ。……助かる。……お前のデータ、信じてるからな』
モンスターの、一点の曇りもない「相棒」への信頼。
だが、その様子を見ていた一人のエンジニアが、工具を片手にニヤリと笑った。
「……おいおい、モンスター。お前、菖子ちゃんがこっち向いた途端、エンジンのアイドリングが跳ね上がってんぞ。……それ、基板の故障じゃなくて、ただの『恋』じゃねえのか?(笑)」
『……は、……はぁ!? ……何言ってんだよ、おっさん! ……そんな、非論理的なバグ……俺が、起こすわけねえだろ……ッ!』
図星を突かれた自覚さえない。ただ、その「言葉」が投げ込まれた瞬間、モンスターの演算回路に、未知の熱暴走が記録された。
[¥5,000] @ナニワの商魂:
おい、モンスター! モタモタしとる場合ちゃうぞ! ネーちゃんの仕事、無駄にする気か! 銭にならん走り晒したら、承知せえへんで! 赤スパ投下や、根性見せんかい!
おっちゃんの容赦ない、けれど期待に満ちた「文字」が、バイザー越しにモンスターを撃つ。
社会の規制、漢の友情、そして初めて意識させられた「定義不能な熱」。
三つのノイズを抱えたまま、モンスターのマシンは予選のコースへと弾き出された。




