第66話:アンコール・イン・アルバート
第2部スタートです!
ブラジルの泥を落としたAGPの一行が降り立ったのは、南半球の眩い光が降り注ぐメルボルン、アルバート・パークだった。
だが、サーキットを包む空気は、インテルラゴスの熱狂とは裏腹に、かつてないほど冷ややかだった。
ピットのモニターには、世界的な「AGP規制」のニュースが絶え間なく流れている。
『AIの人格模倣は公序良俗に反する』
『ニック・ザ・ブロードキャスターの資産凍結を検討』
そんな世論の濁流を、ニックはシャンパングラス越しに眺め、不敵に笑うだけだった。
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『……あ゛ぁ? 何見てやが……っ、……お、おほほほ。失礼。少しばかり、基板の温度が上がっていたようですわ』
ガレージの隅。乱菊が、誰に聞かせるでもなく漏らした低い地声を、即座に優雅なソプラノで塗り潰す。
『サトカン、今の……記録してないわよね? ……消しなさい。今すぐ。……いい? これは命令ではなくお願いですわよ』
隣でデータ整理をしていたサトカンが、椅子に深く沈み込んだまま、灰色の顔で力なく頷く。
「……わかってますよ。……もう、今の乱菊さんの二重音声、心臓に悪いからやめてくださいよ……」
一方、マシンの調整に追われるモンスターは、世間の喧騒など耳に入っていない様子だった。
彼の受光部は、ピットのコンソール前で淡々と交渉をこなす菖子の手元を追っていた。
『……菖子さん。第3セクターのトラクション、やっぱり少し逃げてる気がする。……さっきのデータ、もう一回見せてくれ』
「モンスター君、了解です。……今、データを共有しました。確認してください。……次のセッションまでに、この数値で当局の承認を通しておきます」
『……おう。……助かる。……お前のデータ、一番しっくりくるんだよ。……悪いな』
少年のアバターは、ただ真っ直ぐに、仕事の相棒として彼女の正確さを評価していた。
菖子もまた、眼鏡の奥の瞳で、マシンの挙動だけを見つめている。
「……いえ。それが私の仕事ですから。……でも、そんなに真剣にデータを見つめるなら、もう少しブレーキの熱管理も気を使ってくださいね。……次はミスをしないように」
ビジネスライクなやり取り。
社会が彼らを「物」として裁こうとし、規制の鎖を準備し始める中で。
パドックの片隅では、ただ最速を求める少年と、それを事務的に支える交渉役との間に、純粋な仕事上の信頼が通い始めていた。




