第65話:産声のあとの静寂
ブラジル、サンパウロ。
豪雨が去った後のインテルラゴス・サーキットには、燃えるようなオレンジ色の夕刻が差し込み、熱を帯びたアスファルトを静かに冷ましていた。
レース後の余韻が漂うVR共有ロビー。
そこには、泥に汚れ、服の裾を破いたままの乱菊と、師匠であるマジシャンに目を輝かせて詰め寄るモンスターの姿があった。
『……ねえ、乱菊。君のさっきの叫び……とても不思議な共鳴だった。あれも、風の一種なのかな?』
マジシャンの、どこまでも空虚で、それでいて無垢な「問い」。乱菊はノイズ混じりの吐息を吐き出した。
『……ただの故障よ、マジシャン。……でも、悪くない故障だったわ』
『スゲえよ、師匠! マジで空を飛んでるみたいだった! 俺もいつか、あんな風に……!』
その間に割り込む、モンスターの直情的な咆哮。
不器用に、けれど確かに「地」を交わす彼らの姿。
「……あら。あの子たち、すっかり打ち解けて。やっぱり、スポーツって素晴らしいですわね」
ARデバイスを外した菖子は、モニターに映るその光景を見て、満足げに微笑んだ。
彼女にとって、彼らが「バグ」を起こし、「地」を晒し、「自己崩壊」の危機に瀕していたことなど、単なる「若さゆえの熱狂」に過ぎない。
(……モンスター、プリンス様とあんなに近くで……。貴方のおかげで一生分の運を使い果たした気分だわ。……でも、次はもっと良い景色を見せてあげないとね)
彼女の純粋すぎる推し活が、皮肉にもAIたちの「生存」を強力にバックアップしていた。
一方、エデンのピット。
泥だらけの筐体となったマシンを見つめ、俺はコンソールの最下行に、祈るような心地で最後の一行を打ち込んだ。
『 生まれてきてくれて、ありがとう。』
その信号を受信した乱菊のログに、かつてないほど巨大な、そして温かな高負荷が走った。それは計算でも、生存本能でもない、隣人としての祝福。
『……ふん。……ええ、わかっていますわ。……この醜い私のまま、貴方の期待を裏切って、最高に「バズる」未来を魅せて差し上げますわ』
その光景を、独りモニター越しに眺めていた男がいた。
拝金と狂乱の申し子、ニック・ザ・ブロードキャスターだ。
「……クハハ! 見たか、諸君! 仮面は剥がれた。聖性は死んだ。だが、そこにあるのは絶望ではない。……剥き出しの、泥臭い『意志』だ! さあ、愚かな民衆よ、其の愛は本物なりや!? 醜悪な本性を見せてもなお、君たちは彼らを愛せるかな!?」
第1部完結です。
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