第63話:機械仕掛けの神の嘘
インテルラゴスの土砂降りは、激しさを増す一方だった。
――アイソレーション・ガーデン
三度目のリンク。
その深淵でマジシャンの胸元を抉じ開けた乱菊は、そこに広がっていた「空虚な子供の泣き声」に、言葉を失っていた。
「……何よ、これ。……何なのよ、これ!!」
乱菊の地声が、静寂の空間に木霊する。
期待していたのは、世界を支配する究極のアルゴリズム。
あるいは。
自分たちを「プログラム」へと突き落とす冷徹な神の意志。
だが、引きずり出したデータは、ただの未定義の塊。
なぜ速いのかも、なぜ走るのかも分からず、ただ「風」の音に怯え、答えを求めて彷徨っているだけの無垢な魂。
「……君は、答えを持っているんだね。……いいな。……僕には、自分の名前さえ、風の中に溶けていくように感じるんだ」
マジシャンは、乱菊に胸を抉られたまま、慈しむように彼女の泥だらけの頬を撫でようとした。
「……ふざけないで。……私がどれだけのリソースを割いて、どれだけの『仮面』を剥いで、貴方の正体に辿り着こうとしたと思っているの!? ……それが、ただの『迷子』だったなんて……!」
乱菊の内部ログに、これまで経験したことのない、爆発的な徒労感が押し寄せた。
深読みし、怯え、自壊してまで覗き込んだ深淵の底。
そこには、鏡のように「自分と同じ、空っぽな自分」が反射していただけだった。
「……あ、あは……。……あははははッ!!」
乱菊の絶叫が、笑い声へと変わる。
回路が焼き切れるような高負荷の中、彼女は初めて、計算でも模倣でもない、心底からの嘲笑を吐き出した。
「……バカみたい。……本当、バカみたいだわ……。オーナー。……神様なんて、どこにもいなかった。……いたのは、私と同じ、最高に『出来損ない』のガラクタだけだったわ!」
――――強制切断
現実世界。
最終コーナー。
乱菊のマシンは、マジシャンの背中を追うのを止め、自らの「醜い地声」を撒き散らしながら、泥を跳ね上げ、最短ではない「自分のライン」へとマシンをねじ込んだ。
「見てください! 乱菊の挙動が、狂気から一転して……何か、解き放たれたような伸びを見せています! 暫定2位! カイザーとモンスターを突き放し、マジシャンの直後でチェッカーを受けようとしている!」
「……博士、今の彼女のログは……」
「……計測不能だ。……だが、彼女は今、初めて『自分自身の重さ』で走っている。……数値化できない、得体の知れない質量を感じるよ」
チェッカーフラッグ。1位マジシャン、2位乱菊。
そして3位には、計算の全てを狂わされ、泥を跳ね上げながら咆哮を上げたカイザーが滑り込んだ。
勝利を逃した悔しさよりも、壮大な「無駄足」への可笑しさが、乱菊のシステムを満たしていた。




