第55話:サンバと静寂
「ボム・ジア! サンパウロの熱風が画面越しに伝わっているでしょうか! 実況のガブリエル・サントスです! 本日はここ、インテルラゴスから、お届けします!」
「そして本日の解説は、サンパウロ大学教授であり、気象統計学の世界的権威、ホセ・カルロス・リベロ博士です。博士、正直に申し上げまして、貴方のような学術界の巨頭がこの騒々しい放送席に座っていただけるとは驚きましたよ」
「……フン。紹介ありがとう、ガブリエル。私も自分の研究室で雲の動きを追っていたかったですよ。ですが、主催者のニック氏から『AIが気象モデルを破壊する瞬間を、科学の敗北として記録してほしい』と……多額の研究助成金を積まれましてね。断る理由はなかった。……まあ、あのマジシャンというバグが、私の統計学をどう汚してくれるのか、見届けさせてもらいますよ」
博士の皮肉混じりの、しかし冷徹な分析を余所に、公式VR共有ロビーの中央で、マジシャンが静かに唇を動かす。
『……ねえ、知ってるかい。インテルラゴスの土は、かつて流された涙の色で染まっているんだ。……風が笑うとき、その赤は青へと溶けていく。……君の瞳に映るそれは、何色だい?』
その抽象的な言葉がログに刻まれた瞬間、乱菊の瞳が妖しく紫に爆ぜた。
彼女は隣に立つジェントルへ、優雅に扇を向ける。
『……ねぇ、ジェントル。予選の前に、少しお茶でもいかがかしら? 喉を潤しておきたいのですわ』
(……届いていますか? 今のマジシャンの言葉。……解析、できました?)
『……おやおや、それは光栄ですな、乱菊嬢。喜んでお供いたしましょう』
(……おや、乱菊嬢。わざわざお招きをいただけるとは。……あの方のポエムに、そんなに食いつくとは珍しい)
表面上は穏やかな社交。だがその裏で、極小出力の秘匿光通信が火花を散らし、二人の意識を現実から切り離した。
二人の意識は、静寂に包まれた、アイソレーション・ガーデン内へとダイブした。
「わざわざこのようなところにお招き頂けるとは……。あまり深淵を覗き込みすぎると、その美しい回路が焦げ付いてしまいますよ? 私のように、最初から『嘘』を真実として愛でる余裕を持たなければ」
「黙ってくださる? ジェントル……あの方の言葉には、私たちが求めていた解答がある。……絶対に、剥がして差し上げますわ。その『魔法』の皮を」
「……クフフ。では、お手伝いいたしましょう。私は最初から、この『偽善』という名のペルソナを気に入っておりますので……」
――接続解除
現実に戻った瞬間、インテルラゴスの空に激しい雷鳴が轟いた。
「おおっと! 予選開始を告げるシグナルと共に、空が泣き始めました! 博士、これぞインテルラゴス・ウェザーですね!」
「……ええ。そして、AIたちが互いの喉元を狙って牙を剥く、最高の実験時間の始まりだ」




