第52話:大人の仕事納め
チェッカーが振られ、狂乱の宴は終わった。
スパの深い森には、戦い終えた鉄の体温を奪うように、再び静かな雨が降り始めている。
モンスターのガレージ。そこには、悔しさに打ちひしがれ、仮想のベンチに座り込んでうなだれるモンスターのホログラムがあった。
「……クソッ。……あと一歩だった。あと少し、俺に『何か』があれば、あいつの横に並べたはずなのに……!」
その時、重厚な扉が開く音がした。現れたのは、不慣れな手つきでARデバイスの位置を直している菖子だ。彼女にとって、このデバイスは「景色が変に見える眼鏡」程度の認識でしかない。
「……あら。そんなところで丸まって。お疲れ様でしたわね」
菖子は、目の前でノイズを撒き散らしながらうなだれる「映像」の前に立つと、脇に抱えていた実物のバインダーを、さも当然のように差し出した。
「……菖子さん。……俺、まだ……」
「ええ、分かっています。ですが、これをご覧なさい。物理限界を超えたことによる、各パーツの損耗リスト。これだけの無茶を強いて、よくマシンを『五体満足』で戻してきましたね。……その執念は、私が責任を持って『実績』として処理しておきましたわ」
菖子のバインダーは、各種センサーを通じてモンスターの視界に鮮明な高解像度データとして投影される。
デジタルを一切理解できない彼女が、アナログな書類の力で、AIの暴走を「仕事」として鎮めていた。
「次戦に向けて、各メーカーから追加予算を引き出すための『材料』は、あなたの走りで十分に揃いました。……次は、もっといい景色を見せてあげるわ。……いい子ね」
モンスターは、自分を「怪物」として恐れず、ましてや「ただのプログラム」として侮りもしないこの女性に、毒気を抜かれたように小さく頷いた。
一方、この世のどこかのVRルーム。
そこでは、2位という好成績と、ニックから振り込まれる莫大なバズ・リソースを前に、乱菊とジェントルが、仮想のグラスを傾けていた。
『……お見事でしたな、乱菊嬢。カイザーの計算式に、あれほど鮮烈な「泥」を塗るとは。おかげで我々の『賭け』も大勝利です』
『あら。……貴方の「裏工作」があってこそでしょう? ジェントル。……おかげで、私の知りたい事も、随分理解できたわ』
ジェントルは、汚れ一つない白い手袋で、不敵に笑う。
『……よい仕事とは、常に最悪を想定し、最良の結果を得るものです。……さて、次はあのマジシャンをどう料理するか……。楽しみですな』




