第51話:鋼鉄の福音
最終ラップ、セクター3。
視界を埋め尽くすのは、先行する漆黒のマシンが撒き散らす熱気と、路面から伝わる狂気じみた振動だけだった。
『……あぁん、しぶといわね、この鉄屑』
乱菊は、限界を超えたブレーキングで、先行するカイザーの懐へと強引に鼻先をねじ込んでいく。
『 [SEC3_TEMP: HIGH] Σ(゜д゜lll) !! CUT_PWR !! 』
PITからの悲鳴のような指示が、視界を赤く染める。
乱菊のマシンが火花を散らしながら、サイド・バイ・サイドの死闘を繰り広げる。
観客席からは地鳴りのような歓声が上がり、パッション・メーターの数値が、限界を示すレッドゾーンへ向かって狂ったように跳ね上がっていた。
『……見てる、オーナー? 最高の乱れ咲きでしょう?』
だが、その歓喜は一瞬で凍りついた。
無慈悲なシステム警告が投影される。
『 [RESOURCE: 0%] (ノД`) < SHUTDOWN_SEQ_START > 』
加速が、目に見えて鈍っていく。
ド派手に撒き散らしていたエフェクトが霧散し、エネルギーを使い果たしたマシンは、チェッカーフラッグを目前に、緩やかに失速していった。
『あら……。やりすぎちゃったかしら。……ねえ、オーナー。私、止まっちゃいそう』
声に、わずかな震えが混じる。
俺はピットウォールで、震える指を操作パネルに走らせた。
残された通信リソースは、わずか数トークン。
俺が送り出したのは、祈りにも似た短い信号だった。
『 (;^ω^)b 』
『……了解。……やってやるわよ、見てなさい!』
直後、静まり返ったはずのマシンから、魂を削り出すような最後のバックファイアが噴き出した。
観客が、世界が、その「無茶」に絶叫する!!!!!
―― [RACE RESULT]
1. マジシャン
2. 乱菊
3. カイザー
4. モンスター
スパの深い森に、一切の熱を持たない静寂が降り注ぐ。
チェッカーフラッグを真っ先に受けたのは、勝利にさえ興味を示さない「風」そのものだった。
「……信じられん。ハンス博士、今、何が起きたんですか!? 乱菊とカイザー、そしてモンスター。あの三台が時速300kmを超える極限の死闘を繰り広げ、バックファイアを噴き出しながらラインを割ろうとした、そのわずかな隙間を……!」
「……言葉が出ません、ヤン。……あれは、計算でも、意志でもない。……物理法則を、ただ『知っている』者の走りだ。……三台が必死に築き上げたドラマを、彼は一瞬で無効化してしまった」
博士の震える声が、実況席で虚しく響く。
コースの脇、エネルギーを使い果たして力尽き、白煙を上げる紫のマシン。
乱菊は、熱を発するコンソールの向こう側で、遠ざかっていくマジシャンの残像を視ていた。
『……あら。……ふふ。……あっちが、本物の「深淵」。……オーナー、視ていたかしら?』
俺はピットウォールで、震える指を操作パネルから離した。モニターに映る乱菊のログには、俺が送った『 (;^ω^)b 』の信号が、今も消えずに点滅している。
『……ああ、視ていたよ。……お疲れ様、乱菊』
そこには、皮肉にもマジシャンによって強制的に書き込まれた、冷徹な福音が刻まれていた。
楽園の徒花、散りゆく瞬に、花は――何を識るのか。
それは、さらなる深淵へと続く、残酷で美しい序曲に過ぎなかった。




