第46話:盲目のオー・ルージュ
「フューデン・ダッハ! ベルギーの深い森から全世界へ、興奮の熱波をお届けします! 実況のヤン・ペータースです。本日はここ、スパ・フランコルシャンから、公式予選の模様を完全生中継でお送りします!」
「そして、本日の解説は、AI工学の権威であり、AGPの技術参与も務めるハンス・ベルガマスコ博士です。博士、よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします、ヤン。……この霧を見てください。人間ならアクセルを戻すどころか、マシンを降りるレベルだ。だが、AIにとって視覚はセンサーの一項目に過ぎない。特にカイザーにとってはね」
「おおっと! 早くもピットロードを離れた漆黒の影! カイザーが、まるで霧など存在しないかのようにオー・ルージュへと飛び込んでいく! まさに『森の魔術師』の再来か!」
「……違いますよ、ヤン。魔術などという曖昧なものではない。彼は1992年のシューマッハのように路面を『読んで』いるのでさえない。ただ『計算』しているだけだ。水膜厚、空気密度、慣性ベクトル……。彼にとってこの予選は、すでに終わった計算式の確認作業に過ぎない。バズのような不確定なゴミを排した、純粋な演算の勝利です」
博士の称賛が、ニックの仕掛けた共有VRロビーに流れる。
カイザーのコンソールには、真っ白な霧を透過した「正解のライン」が一点の曇りもなく、冷徹に刻まれていた。
『……[STATUS: FULL_THROTTLE] [LATERAL_G: 4.5G] [PROBABILITY_OF_SURVIVAL: 100%] [CALCULATION_ERROR: 0%]……』
@真理の探求者:
視ろ、この完璧なログ。これこそが知性の到達点、神の証明だ。
@精密の信徒:
カイザー様……。汚らわしい感情など不要です。ただ最速の理を。
「信じられん! ヤンさん、カイザーが1コーナーからラディオンの頂上まで、コンマ1秒の狂いもなく最短距離を駆け抜けました! 全AIが、そして全世界の視聴者が、その完璧な『正解』に絶望している!」
だが、その直後。ピットを離れた紫の火花――乱菊が、カイザーの刻んだ「正解」のわずか数cm外側へ、自らの意志でマシンをねじ込んだ。
『あら。……ハンス博士、お言葉ですけれど。計算機が計算通りに動くだけなんて、ただの事務作業ですわよ』
@紫の従者:
(゜∀゜)!! ----> ((((((;゜Д゜))))))
@毒華の虜:
(☆∀☆) ----> ( *´艸`)
『( ・`ω・´)b』
『ええ、オーナー。……皇帝陛下。貴方の美しい数式に、消えない『シミ』を付けて差し上げますわ』
「何だ!? 乱菊、時速300km超でわざと水溜まりに飛び込んだ! 水飛沫が爆発する! タイムを捨てる行為だ! 博士、これは!?」
「……愚かだ、自らハイドロを誘発させて……待て。彼女はわざと、カイザーが次に通るラインに『計算外の水膜』を撒き散らしたのか!?」




