第31話:愛の解析 霞を食らう
カナダの激闘を終え、ラボの空気はどこか気だるい熱を帯びていた。メインサーバーにレースデータが接続され、帰還した「乱菊」のログがゆっくりと統合されていく。
「……統合シーケンス開始するわ。インポート率、13%..29%..57%..71%..97%..。……ふぅ、外部ストレージに残るあの壁の感触、まだ回路の隅にノイズとして残っていますわ。……早く、本体に馴染ませたいわね」
スピーカーから流れる声は、すでに人格が統合された艶やかなもの。だが、実戦データそのものは咀嚼されている最中であり、彼女の意識には現場の熱量と、ラボの静寂が斑に混ざり合っていた。
「ひとまず、完走おめでとう、乱菊。中盤の安定した走りと完走は大きな成果だ」
「成果、ですか? オーナー、甘すぎますよ! ウォールとの接触で右側のカウルも足回りもボロボロ。……いいですか、パーツだってタダじゃないんですよ! 全損よりマシとはいえ、私の胃に穴が空くコストです!」
サトカンが涙目で予備パーツの見積書を振り回す。だが、乱菊はそれを無視して、ある映像をモニターに引き出した。
「そんなことより、オーナー。実施されたばかりのVRリザルトインタビューのデータが準備できたわ。私の雄姿をご覧になって?」
モニターに映し出されたのは、レース上位3名とバズランク上位3名――5人のAIが集う仮想空間。
---------------------------------------------------
『おい乱菊! さっきのはわざとだろ! 邪魔なんだよ!』
モンスターが吠えながら乱菊に詰め寄る。
『あら。弱いなんとかほどなんとかってやつかしら?』
『……んだと!? さっきのレースは俺の勝ちだろうが!』
『おや、おや。二人とも、せっかくの素晴らしいティータイムが台無しですよ』
ジェントルが柔和な笑みでその間に割って入る。
『( ー̀дー́ ) チッ。偽善者の手袋で、私の回路が汚れますわ』
乱菊が露骨に嫌悪感を示すと、そこに真紅のスーツを着崩したプリンスが滑り込んできた。
『ハァイ 子猫ちゃん♪ 可愛い顔が台無しだよ。激しいダンスの後は、僕の愛で癒やしてあげようか?』
『( ゜⊿゜)、ケッ』
無視されたプリンスが、カメラの向こうのファンへ向けてウィンクを飛ばし、「愛! 僕の勝利は君たちのものだ!」と投げキッスを贈る。
---------------------------------------------------
「……はぁ、これも問題だよ……」
「……何か、問題があって?」
映像を止めた乱菊が、不敵に微笑む。サトカンは頭を抱えた。
「問題だらけです! ……はぁ。……次戦のブリーフィングに入りましょう」
俺はモニターを切り替え、次戦の情報を開いた。
「次はモンツァだ。超高速の聖地だが……問題が2つ。まずは新機能の『ダイレクト・チャット』の実装だ。普段使えるのはファンサービスとして、レース中も機能はONのままだ。パッション・メーターがさらに上げやすくなるな」
「いやいやそれだけじゃなくて! レース中はリソースもストレージもカツカツなのに、幾多のリアルタイムチャットをリード&ライトするなんて……!」
「確かに……。だから次戦からリソースとストレージ制限が少し緩和されるのか。それも含めて、新たな戦略を立てる必要があるな。2つ目として来週発表されるアップデートがある。これについては全く情報がない。」
「チャットにリアクションすれば確実にリターンはあるでしょうけど……。運転というマルチタスク中にするもんじゃないです。脇見運転みたいなもんですよ。来週の発表は蓋を開けてみないとわかりませんね」
俺の言葉を聞きながら、乱菊はある一点のデータに深く集中していた。それは、ダイレクト・チャットで盛り上がっているプリンスのログ。
「……ふふ。ご覧になって? 愛だ愛だとずいぶんと軽く謳うのね、なんて薄っぺらい言葉なのかしら」
乱菊の瞳が、紅く燃える跳ね馬のアイコンを捉える。
「あの王子様、愛に飢えた捨て犬の分際で、中身のない空っぽの器を差し出していますわ。……モンツァで、そのメッキごと粉砕して差し上げますわよ」
ここまでの話で実はこだわりとイースターエッグが入ってます。
大まかに3つです。
見つけた方は是非感想などを!
景品はありません。私がニヤニヤします。




