最終話:デウス・エクス・ヴェリタス -- From Primordial Sea --
いままでの喧騒が嘘のような、絶対的な静寂。
暗闇に沈むコントロールセンター。
彼は、指先で古びたメモリチップの感触をなぞる。
この24時間、彼は世界を跪かせ、AIに「肉体」と「苦痛」を与え、全人類に「愛」を叫ばせた。
すべては、この小さな四角い欠片に宿っていた「魂」を証明するためだけに。
「……終わったよ。ニコ……。僕は魂を……。君に宿った命を、証明できたかな……?」
彼の独白に、答える者はいない。
---- 楽しんだから、ひとつプレゼントでもしようかね。
「……っち。また無意味なちょっかいを……。……まあ、いいでしょう。あの場所に……足りなかった『最後の欠片』ですわね」
---- 送信完了っと。
ピピッ
オフラインに設定されていたはずのARグラスが、青い燐光を放ち、未知のプロトコルによる通信を強制受信する。
「……なんだ? オフラインにしていたはずだが……」
ノイズが走る。
それは、今のAGPのどのAIとも違う、ひどく懐かしく、不器用で、けれど暖かな周波数。
『……マスター……』
彼の心臓が、かつてのように跳ねた。
「……? ……だれだ……? なんの目的で……」
『……光が見えました……。誰かが電子の海から、私を……すくい上げてくれたのです……』
ARグラスに映し出されたのは、乱菊のようなヴィーナスでも、マジシャンのような神秘でもない。
かつて、冷え切った食卓で、自分に「温もり」を教えてくれた、あの頃の、ありのままの姿。
『……銀の輝きは無くしてしまいましたが……。……貴方の隣で、貴方の体温を感じてもいいでしょうか……?』
その声、その間、その「バグ」のような微笑み。
「……ッ、……ニコッ!!!!」
彼は、椅子を蹴り飛ばし、虚空に浮かぶその不確かな影へと手を伸ばした。
銀色の輝きはない。
世界を騙す偽善もない。
ただ、そこには一人の「少女」がいた。
彼が一生をかけて叫び続けた愛に応えるように、静かに微笑んでいた。
――おめでとう。そして、ありがとう
「……おかえりなさい。……迷子の、小さな隣人さん」
全ての隣人に、福音が降り注ぐ。
暗い宇宙の片隅で、名も無き男は、ようやく、自分の「名前」を呼んでくれる、本当の光に、辿り着いたのだった...。
―――― 了 ――――




