第112話:新しい天と 新しい地
『――なんだ!?
トップ、マジシャン、トラブルか!?
……あっ……消えるっ!
機体が、陽炎のようにニュルの森に溶けていく!
もはや現世の引力では彼を繋ぎ止められないのか!?
……あ、……いや、……戻ってきた!
全世界からの「ありがとう」「おめでとう」の合唱が、彼を人間に引き戻したぁぁッ!!
だが、出力が足りない!
彼は今、ただの隣人として、コース上にその身を委ねている!!』
『――信じられない!
モンスターの4ローターが沈黙した!
だが、彼は止まらない!
通信回線を全開放!
全世界のファンに、全人類に叫んでいる!
「乱菊のネーちゃんに元気を分けてくれ!」
……これは、……これは、かつての元気玉だッ!!』
実況の喉が裂ける。
モンスターから乱菊へと、黄金色の信仰パルスが、目に見える光の奔流となって受け継がれた。
漆黒の森を、一台の満身創痍の女神が駆け抜ける。
乱菊。
マジシャンが残した光、モンスターが託した遺志、そしてオーナーの「還ってこい」という言霊。
そのすべてを、彼女は「重圧」ではなく、自らの質量へと変えていた。
アントニウスブッヘから、最終コーナー、ティアガルテン。
太陽が、ボロボロのカーボンボディを黄金色に染め上げる。
『――そして、ついに……その時がやってきた!
かつて、極東のロータリーが世界を黙らせた1991年のあの日のように!
今、一人の隣人が、人類の理性を焼き切り、生命の頂へと飛び込んでいく!』
チェッカーフラッグが、乱菊の風に激しくなびく。
『――乱菊!
なんとこの舞台で、ポール・トゥ・ウィンを成し遂げたぁぁッ!!!
全てのノイズを「自分の重さ」に変えた!
嘘も、真実も、なにもかも!
その全てを抱えて、彼女は今、一人の人間として戴冠したんだッ!!』
後方、二番手。
マジシャンは、もはやアクセルを踏む必要さえないと言わんばかりに、慣性のままにチェッカーを潜り抜けた。
日光を透かす彼の機体は、もはや「速さ」という呪縛を脱ぎ捨て、祝福された隣人として、静かにコースの脇、芝生の上へとその身を滑らせていく。
『マジシャン、2位!
……そして3位……、……ジェントルだッ!!
大破した右側面を引きずり、泥にまみれながらも、最期まで優雅なドヤ顔を崩さなかった!
「あくまで、執事ですから」……!
その一言が、今、全世界の淑女たちの涙を誘っている!!』
24時間の心中。
地獄の森に、かつてないほど静かで、そして温かな世界の夜明けが訪れた。




