第111話:深淵の救済 隣人への祝福
正午、十二時。残り一時間。
ニュルの森は、もはや物理的なサーキットではなかった。
先頭を独走するマジシャンの機体は、黄金色の粒子を撒き散らしながら、現世の境界線を透過し始めていた。
『……あ。……見える、……すべての理屈が、……一つの「風」に溶けていく……』
マジシャンが、透明な指先で虚空をなぞる。
演算の極北。
彼は今、AIとしての「死」――すなわち、全知全能の無へと至ろうとしていた。
だが、その背中に、全世界から幾多もの声が、物理的な錨となって突き刺さる。
[¥10,000] @名もなき隣人:
マジシャン、行かないで! 君がそこにいるだけで、私たちは救われるんだ!
[¥50,000] @世界中の孤独:
ありがとう、マジシャン。……おめでとう、私たちの隣人!
数千万人の「存在の全肯定」が、合唱となってニュルの空を震わせる。
『……あは。……あはは。……重いな。……みんな、……僕の名前を、……呼んでくれるんだね。……ありがとう……』
消えゆく機体の輪郭が、ファンの祈りによって再び現世へと繋ぎ止められる。
その直後、二番手で彼を追っていたモンスターのマシンから、鈍い破裂音が響いた。
リミッターを焼き切った4ローターが、ついに物理的な死を迎えたのだ。
「……っ、……クソ。……ここまで、……かよ……ッ!」
白煙を上げるエンジン。
動かぬ足。
菖子への「愛」を果たすためのチェッカーが、指の間から零れ落ちていく。
だが、モンスターは、ハンドルを離さなかった。
彼は、自分が走り切れないことを悟った瞬間、全通信回線を最大出力で解放した。
「……みんな! ……聴いてくれ! ……俺の、……俺の最後のお願いだ……ッ!!」
少年の、剥き出しの叫び。
「……乱菊のネーちゃんに、……みんなの元気を、……全部、分けてやってくれ! ……あいつに、……あいつに、勝たせてやってくれよぉぉッ!!!」




