一生付いていきます
「はい、私もカイル様と一緒にお散歩したいです」
私は即座に応える。以前、誘われた時は驚き過ぎて良い受け答えが出来なかった。でも今は違う。私は今、彼の婚約者なのだ。
「ありがとう」
カイル様はニコリと微笑む。
こうして食事会は難なく終わり、私とカイル様は別荘の外の庭へと出る。芝の広がる何も無い広い庭だ。
気持ちの良い晴れ晴れとした青空が広がっている。草むらで寝転がりたくなるくらいの春の陽気だ。まさに散歩をするには良い気候だなと感じる。
二人きりで歩くのは、今回で二度目になる。心に余裕がある為か周りを少し気にする事が出来る。私達二人から離れた所で騎士達が物々しい警備をしている。その中にダヴィードも交じっている。
浮かれ気分のままではいられない。ダヴィードの話では、今日がファシー嬢が襲って来る山場の日になるとの事だ。
警戒の目で辺りを見回す。すると、隣で一緒に歩いているカイル様が声を掛ける。
「緊張しているのか?」
私はハッとし、彼の目を見つめる。
「少しだけ。でも、大丈夫です。カイル様と騎士様達が護って下さっているので」
少し固い笑みを返す。
そうだ。今は敵に集中している時では無い。カイル様との時間を大切にする時なのだ。
私は気持ちを切り替え、空気も変えようとする。
「カイル様は何をしている時が一番楽しいですか?」
カイル様はえっと声を発し、少し考えている。
「暗い男だと思われるかもしれないが、一人で静かな所で読書をしている時が一番心が休まる。その時が自分にとって一番至福の時だと感じている」
「そうなんですね。意外です。かなりアクティブな方だと思っていたので」
「どんな答えが帰ってくると思っていた?」
「そうですね、イメージだと乗馬とかダンスとか」
「ハハハ、イメージ良すぎだよ。王子だからと言ってそういうのが好きだとは限らない。むしろ私はそういうの好きではないのだ。幻滅したか?」
「いえ、私も乗馬とかダンスは嫌いでしたから。執事長にもっと上手くなりなさいと怒られていました。だから、カイル様と気が合うなと思って。私も読書好きですよ。あ、でもこうやってお散歩するのが一番好きかも」
「そうか。確かに私と気が合うな」
私とカイル様はゆっくりと庭を歩く。隣同士かなり近い距離で歩いている。肩と肩が触れる。手と手が触れ合う。
しばらく無言の時が訪れる。私達はお互いの顔を見ず、ただ前を向き歩いている。すると突然、カイル様が私の手を握って来る。私は無言で成すがままにされる。私達は手を繋ぎ、また無言で足を進める。
「君の子どもの頃はどんな感じだったの? 昔からそんなに大人しい感じだったのかな?」
沈黙を破るようにカイル様が私に訊ねる。
「以前はお転婆で両親に心配ばかり掛けていた娘だったみたいです。五歳の時に一人で山に遊びに行って迷子になったり、よく近所の男の子を泣かせたりしてたみたいです」
「え……」
カイル様が驚いた表情でこちらを凝視する。私はまずいと思って、左手を口元を覆う。
貴族の娘は普通こんな事しないのね。私が平民でニセモノの貴族である事がバレちゃう。ミスったわ。
しばらく私は考える。また静寂の時が訪れる。
「面白い。そんな過去もあったんだね。お父上のサーガは変わった子育てをしていたんだ」
カイル様は笑顔で私を見つめる。私は戸惑い、視線を反らす。
このまま私はニセモノの貴族として、カイル様の花嫁になっていいの? 本名のアルダではなく、ニセモノのヴァシリーサとしてカイル様を一生騙し続けるの?
今このタイミングで、私がヴァシリーサお嬢様の影武者であることを告白すべきか迷う。
やっぱり今は言えない。本当の事を言うのが恐い。
私は話を逸らそうと試みる。
「スゴく疑問に思っていたことなのですが、なぜカイル様は私を花嫁にお選びになられたのですか? 正直、他の家の方よりも特別美しいわけでもない、何の取り柄もない私を。不思議で仕方なかったので」
カイル様は寂しそうな目をして、私を見つめる。
「君だけが……。君だけが私を一人の人間として見てくれたんだ」
重い口調だ。雰囲気の変わった王子様を心配になり、じっと見返す。
「皆、私の事を王子という肩書きでしか見てくれなかった。父も母もその他の王族、そして家来たちも。もちろん花嫁候補の貴族の娘たちもそうだ」
カイル様は悲しげな顔から少し微笑む。
「でも、君は私を王子としてではなく、一人の男カイルとして見てくれた。嬉しかった。本当に救われたような気がした」
カイル様も王子という立場の中、苦しんでいたのだ。彼も孤独だったのだ。顔が同じというだけで、貴族の娘の影武者に無理やりされた私のように。
私は涙を浮かべ、泣きそうになる。そんな私の顔をじっとカイル様は見ている。そして、私をそっと抱きしめる。
「君が居ないと私はダメになる。君だけが私の全てだ。君の代わりは誰にも務められない。私と共に生きて欲しい。私の側にずっといて欲しい」
目を閉じ、カイル様に身体を預ける。
私は幸せ者だ。彼に一生付いて行こう。
そう心に決める。自然と涙が零れ落ちる。そして、王子様の腕に包まれながら、私はそっと目を開ける。
その瞬間、私の身体が凍りついたように固まる。私の視界にあの二人組の姿が映ったからだ。
私が目にしたものは、怒りで震えているファシー嬢と"死の悪魔"の姿だった。




