三人称 織田家
尾張国、古渡城。織田信秀の本拠地でもあるこの城に、信秀、信康、信光の三兄弟と家老の平手政秀が集まっていた。
「……美濃は、相変わらず一枚岩とは程遠い状況。前の戦で手に入れた大垣を橋頭堡とすれば、稲葉山までは易々と進めましょうな」
「平手の言う通り、美濃に再び攻め込むならば今が好機だと思いますぞ、兄上。あちらには多くの兵は集まらんでしょうが、こちらは万を越える兵をいつでも動かす準備はできています」
「守護の斯波様からの支持も得ていますし、大和守家や伊勢守家といった煩い連中も黙らせました。もう、美濃攻略への準備は全て整ったと考えていいでしょう」
美濃の調略を担当する平手、織田家の軍事面を担当する信光、尾張国内の諸勢力との折衝を担当する信康が、相次いで信秀に美濃攻略を進言する。
……が、当の信秀は渋い顔を崩さずにいる。
「いかがした兄上? いつもの果敢な決断力はどこにいったのですか!?」
「……どうにも引っ掛かるのだ。いくらなんでも、我らに都合の良い条件が整いすぎておる」
「……好事魔多し、ということですか?」
「そうなるのかの……凡百の相手ならまだしも、あの蝮が相手となれば尚更だ。……あの狡猾な男が、なんの罠も用意せずに無防備な姿を晒すと思うか?」
信秀の問いによって、空間には一瞬の静寂が訪れた。
問いを聞いた3人に共通する答えは、無言の肯定。
彼らとて、あの斎藤利政がなんの策も用意していないとは全く思っていなかった。
「しかし! 戦う前から恐れているばかりでは何もできませぬぞ!」
「確かに蝮は難敵です。しかし、我ら3人兄弟が力を合わせれば、勝てない相手ではありません。……どうか、我らを信じて下さい」
だが、信光と信康は黙ったままではいなかった。
彼らは弟だからこそ知っている。
織田信秀とは本来臆病な男であり、彼は常に自分の背中を押してくれる存在を求めていることを。
「……ああ、そうだ。2人の言う通りだな」
そして、織田信秀は優れた戦国武将だ。
一度己のすべきことを見定めれば、そのまま迷うことなく突き進むことができる。
「我らはこれより、美濃を盗る! まずは稲葉山へ攻め込み、斎藤利政めを滅ぼす! その後は世間知らずのお坊ちゃんを、尾張の守護のように傀儡とすれば……美濃はもう儂のものだ」
信秀が遂に美濃攻めの決意を固め、古渡の城は俄に騒々しくなりはじめた。
そして、そんな光景を冷めた目で見ている若者が1人。
彼は馬に乗って柿を齧りながら、数人の取り巻きとともに古渡城を見つめていた。
「……城が騒がしいな。いよいよ親父殿の美濃攻めか」
「三郎様は、何もなさらないので?」
「……俺は親父殿に呼ばれとらん。命令されてないなら、俺はいつも通り好き勝手やるだけだ」
「ま、そう言うと思っていましたよ。して、次は何をしに?」
「うむ、荒子の前田家の四男に生意気な童がいるらしい。ちょっくら顔を見てきて、生意気な根性を叩き直してやろうと思ってな」
「それはいい考えですね。この岩室長門も、前田家の犬千代少年には目をつけていたんですよ。後は佐々家の三男坊にも活きのいいのがいますし、毛利某とかいう剛の者も……」
「分かった分かった。そいつらの顔は後で見に行くとして、まずは荒子までひとっ走りするぞ、長門!」
「はい!」
織田家の家紋である木瓜紋が描かれた羽織をたなびかせながら、少年は馬を駆けさせる。
この少年の名は織田三郎信長。
まだ若干14歳の、戦国の革命児である。




