私にできることを
途中から三人称です。
「なりません!」
斎藤利政を必ず殺す。その言葉を頼純様から聞いた時、私の口からはすぐにこの言葉が漏れていた。
「何故だ。お前はついさっき、何があろうとも私についてくると……」
「ついて行きますとも! だって私は、旦那様に死んでほしくはない! でも、父上にも死んでほしくはないんです!」
言え、私の気持ちを。
私の無謀な願いを、戦国時代の人間に訴えかけるには今しかない!
「旦那様に父上は殺させませんし、父上に旦那様を殺させもしません! 私が、斎藤と土岐の間を取り持ってみせますから、だからどうか……」
……ダメだ、もう息切れしてしまった。
まだ言いたいことが頭の中にあるのに、それを上手く言葉に出せない。
上手く話すためには冷静にならなきゃいけないのに、感情が昂って声が震えてしまう。
「……私は、近しい人は誰も死んでほしくないんです……」
感情のままに訴えるようなことしかできない私の言葉を、聞いてくれる人なんて……
「……甘いな、お前は」
……うん。こんな反応が当然……
「だが、お前はそれでいいんだろう。お前は、血と戦に穢れぬ清い心のままでいてくれ」
いや、頼純様はちゃんと私を見てくれている。こんな人だからこそ、私は死んでほしくないと思っているんだろう。
「……私は、既に穢れてしまった。故に、お前のような清い存在に惹かれるのかもしれないな」
でも、もうこの人との間には1枚の壁ができてしまった。
お互いを見つめることはできても、触れ合うことはできない、薄くて硬い透明な壁が。
「……穢れた私は、もう畜生の道を進むしかないのだ。……故に、君の言葉は受け入れられない」
壁越しに儚い笑顔を浮かべながら、頼純様は私から遠ざかっていった。
「……待って下さい! 旦那様……待って……」
……やっぱり、私には大した力なんてない。
私の力じゃ、もうあの人の意志を覆すことは叶わないだろう。
「……でも、やっぱり嫌だよ……どっちかが死ぬって分かってるのに、黙って見ているなんて……!」
気づいた時には、私は紙に筆を走らせていた。
私1人で運命を変えられないなら、他の人の力を借りてやる。
どんなに我が儘とか自分勝手とか言われようが、私は歴史に逆らってでもみんなを救ってやる!
思いつく限り、私に協力して道三と頼純様の争いを止めてくれそうな人の名前を考えろ。
光秀、光安さん、小見さん、弟や妹達……誰も彼も道三側だ。頼純様に近い人間にもいくつかダメ元で協力を願い出てみよう。
とにかく、私にできることは全部やる!
でなきゃ、きっと後で後悔するから!
後日、視点は変わって稲葉山城にて。
小見の方、蜜、玄蕃の3人は帰蝶から届いた手紙を読んでいた。
「……帰蝶も思い悩んでいるのですね」
「……いかがなさるのですか? 母上様……」
「……帰蝶には申し訳ありませんが、最早斎藤と土岐に共存の道は残されておりません。私は斎藤利政の妻として、あの方の道を遮るつもりはありません」
「……そんな。玄蕃は……」
「私も、母上と同じ考えです。守護様がこの美濃にいる限り、我らの立場は常に危ういものであり続けるのですから」
「……でも、姉上の気持ちは……」
「……帰蝶姉上はやはり馬鹿です。こんな下手くそな文をあちこちにばらまいていると考えるだけで恥ずかしくなる。さっさとこちらに戻ってもらって、また私が書を教えてあげなければ」
玄蕃は、まだ現代っぽさが残った帰蝶の手紙を見つめながらそう言った。
一方、新九郎と長井のもとにも、帰蝶からの手紙は届いていた。
「……見なかったことにしましょう」
「ですな。今はまだ、大殿の邪魔をするべき段階ではない」
「……恐らく、既に守護様は織田と通じているのでしょう。帰蝶が急に動いたのも、それに感づいたからと考えれば頷ける」
「では、いよいよ戦も近いということですな」
「はい、まずすべきは織田の撃退。そして……」
「頼るべき存在がいなくなったところで、あの守護様にはご退場頂きましょう。いくら土岐の名を持っていようが、あのお方では美濃は守れぬ故……」




