乱世を生きる術
「……ああ、そうか。……ここは稲葉山じゃなかったな」
祝言の翌日、私はいつも通りに目が覚めた。
初日は緊張やら不安やらで眠れないかもしれないと思っていたけど、ちゃんと睡眠がとれたのは待遇がまともだったお陰か。
ま、私は土岐と斎藤の橋渡し役みたいなものらしいし、あまり雑に扱うわけにもいかないってことか。
とにもかくにも、頼純様がまともそうな人で助か……あれ、隣で寝ていたはずの頼純様の姿が……もしや私!
寝所の襖を開けると、まだ半分寝ぼけていた私の目を覚ますかのように眩しい朝日が射し込んできた。
こっちの世界に来て約1ヶ月、太陽の位置で大体の時間は分かるようになってきた。
現時刻は大体8~9時くらい。
この時代では普通に寝坊になる時間だ!
「……お早う。随分とぐっすり眠っていたな?」
「……あ、旦那様……」
私が太陽の光に目を細めていると、廊下から頼純様が声をかけてきた。
……ヤバい、怒ってないかな?
「ご、ごめんなさい。ついうっかり、寝過ごしちゃって……いや、うっかりで済まないことだったら本当に……」
「……フフ、そう必死に謝るな。起こそうと思えば起こせたところを、そうしなかったのは私の判断だ」
「で、でも、やっぱり旦那様よりも早く起きて、ちゃんと朝のご挨拶をした方が……」
「気にするな。私はお前にそんなことは求めていないよ」
「……で、では……」
「……お前は変に着飾ることなく、己のままでいればいい。私がお前に求めることは、それだけだ」
……己のまま? それが私に求めることって……どういうこと?
「……さあ、早く着替えるんだ。もう朝飯は用意されているぞ」
「……あ、はい!」
まあ、私の足りない頭で考えても他人の考えてることなんて分かるわけない。
だったら額面通りに受け取って、私は私らしく振る舞えば……いいのかな?
さて、着替えはしたけど私はまだ昨日と同じ白装束のままだ。
花婿と花嫁は婚礼の翌日まではこの格好で過ごして、3日目になってようやく着なれた色柄の着物に着替えるらしい。
これを色直しと言うんだけど、お色直しって言葉はここから取られてるのかな?
とにかく、この色直しが終わってはじめて私は土岐家の方々と対面することになる。
つまるところ、今日1日はまだ頼純様や侍女の人達としか絡むことはないのだ。
「……美味しいですね」
「当たり前だ。土岐の飯が斎藤の飯に劣るはずがないだろう」
さて、今の私は朝御飯を食べています。
今日のメニューは玄米に味噌汁、そして大根の味噌付け。
戦国飯はとにかく米と味噌が多いです。
まあ、現代に比べれば味付けのバリエーションが少ないのは仕様がないし、私はこれでも全然満足してるけどね。
でも、機会があれば何か現代っぽいメニューの開発とかできないかなあ? そうゆうのって、歴史改変とかになりそうだしやらない方がいいかもだけど……
「朝飯は1日を過ごす英気を養うものだ。しっかり食べろよ」
「はい。……ところで、なぜ旦那様も同席しているので……」
「不満か?」
「いや! 別にそんなことは……ただ、旦那様はお忙しいだろうに、私の飯程度に時間を割いて頂くのも……」
「そんなことを気にするな。私は年がら年中お前の父親と息のつまるやりとりをしているんだ。今日くらいは女房とともにのんびり過ごしてもいいだろう?」
「は、はあ……その、なんかスミマセン」
「ハハッ、お前が謝ることはないだろう。……全く、本当にお前はあの蝮の娘とは思えんな。言動全てに、毒気の欠片も感じられん」
「そ、そうですか……でも、この乱世でそんな性格をしているのはどうなんでしょうね……」
「この乱世だからこそ、そんな性格に惹き付けられる者もいると思うぞ? 私もそのクチだからな」
「……旦那様が?」
「……ああ。私はてっきり、蝮の娘とは奴のように食えない女だと警戒してやまなかったが……いざ蓋を開けてみればこれだ。良い意味で予想を裏切られたよ」
……予想を裏切られたのは私も同じですよ。
私はてっきり、戦国時代なんて私みたいな無力な人間にはどこまでも厳しい世界だと思っていたから……
「今の美濃には、あの蝮を筆頭に鬼畜の如き連中が跋扈している。……そんな乱世に身を置いていると、お前のような毒気のない、信頼できる存在を大切に思うようになるのさ」
……そうか。無力な私にも1つだけ、この乱世で生きていくための武器があるってことなのかな……
「だから、お前はこれからも……乱世に毒されず、そのままのお前でいてくれ。それが、私がお前に求めることだ」
……今の私を、大切にしよう。
たとえ戦国時代でも、現代に通じる倫理観が全く失われたわけじゃないんだ。
人の命を、優しい心を、他人を思いやる気持ちを、忘れることなく大切することが、私がこの乱世で生きていく術だ。




