祝言
大桑城。
美濃国の守護である土岐氏の守護所が置かれ、豊かな美濃国の中心地の1つとして発展を遂げた城である。
……そして、今日から私が住む城でもある。
まっさらな美しい白無垢に身を包んだ私は、稲葉山を盛大に見送られ、輿に乗って大桑城の土岐頼純様のもとへと向かう。
でもこの白無垢姿、やっぱり女の子なら誰しも憧れるものなんだね。
お貴ちゃんやお幸ちゃんは綺麗だって褒めてくれたし、お蜜ちゃんもこの純白の嫁入り衣装を着るのは憧れだって言ってた。
かく言う私も、状況が状況じゃなきゃこの衣装を着られたことを凄く喜んでいたと思う。
ウェディングドレスもいいけど、せっかく日本人に産まれたんだから、将来は和風の結婚式で……なんて考えていた頃が懐かしいな。
まさかこんなにも早く、しかも戦国時代でこの格好をすることになるとは思ってなかったよ。
……さて、ようやく大桑城に着いたわけだけど、私の旦那様になる頼純さんとの対面はまだ先だ。
婚礼が行われるのは夜。それまで私は、化粧の間とかいう控え室でその時を待つのである。
しかし、結婚式……もとい、祝言とはいっても、現代みたいに親戚一同が揃った盛大なものってわけじゃないんだな。
小見さんからある程度の流れは聞いているけど、祝言の席に居合わせるのは花婿花嫁以外には僅かなお付きの人達だけらしい。
この時代の結婚っていうのは、ワイワイ騒ぐようなものじゃなく、お互いの家を結びつけるための厳粛なものなんだろうな。
ちょっと寂しい気もするけど。
「……帰蝶様、そろそろ時間でございます」
「……はい。分かりました」
さあ、いよいよだ。遂に私は、この祝言の席ではじめて自分の結婚相手の顔を見ることになる。
美濃の新たなる守護、土岐頼純様とはどんな人なんだろう。
まだ若い人だとは聞いているけど、もしも戦国時代らしいおっかない人間だったら……いや、それでも絶対信長よりはマシだ! そう思い込もう!
……なんてことを考えていると、遂に私の前に土岐頼純様が姿を現したのだった。
「………………」
……抱いた第一印象は、意志が強そうな顔つきだということ。
大きい目と太い眉は共に吊り上げっており、私を真っ直ぐに見つめている。
見た感じの年齢は、大体大学生くらいかな?
見た目は好青年って感じだけど話してみないことにはなんとも言えないな……
でも、道三と違って視線に不快感を抱かないのは好評価だね。
……てか、今の私ってまだ小学生くらいの年齢だったよね……この程度なら、戦国時代ではよくあることなのか?
「……それでは、盃を回しましょう」
……さて、式を取り仕切る大上臈という役職の人がそう言うと、侍女の人達が私と頼純様、大上臈さんの盃に酒を注ぐ。
いわゆる三三九度ってやつだ。まあ私は経験ないからよく知らないけどね。
ちなみに、お酒も人生初体験。
体は小学生、心は高校生なので、どちらにしろ現代では違法でございます。
つーか小学生の体でお酒って大丈夫なのか。いや、飲まなきゃいけない状況だから飲むんだけどさ。
……うーん、微妙。私が現代の頃から子供舌なのもあるだろうけど、好き好んで飲みたい味じゃないな。
そしてこれを3杯飲むのか……はあ、ジュースが恋しいよ。
「……あまりお口に合わなかったかい? 帰蝶殿」
「えっ? い、いや、そんなことはないですよ? 美味しいです、はい」
いきなり頼純様が話しかけてきた……そんなに顔に出てたかなあ。周りの人を不快にさせるかもしれないし、次からは気を付けないと。
「……まあ、君はまだ12の子供だ。酒にはこれからゆっくり慣れていけばいい」
「は、はい。……気を使って下さり、ありがとうございます」
「…………フフ。随分純粋で素直な娘なんだな。とてもあの蝮の娘とは思えんよ」
私が何気無く発したお礼の言葉を聞いた頼純様は、一瞬固まった後で安らかな笑みを浮かべた。
「あの蝮の娘とは思えん」という言葉に、今の頼純様の感情の全てが籠っているようにも感じられた。
「……さて、この後は2人で床に入るわけだが……まあ、君にはまだ早いか」
早い? 床? ……あっ、あー……成る程、確かに私はもう夫婦なわけだし、そんな話もありますよね。
「……えーっと、その……」
「案ずるな。私にそんな嗜好はない。……そうだな、後2、3年経ってからでも、遅くはなかろう」
「……はい。そうですね……」
と、取り敢えず、小学生相手にナニをしようなんて変態じゃなくて安心したよ。
いや、いくら戦国時代でも子供相手にはやらないのが普通だろうけど、中には槍の又左さんみたいなのもいるからなぁ……私も、正直まだ心の準備ができているとは言い難いし。
「……まあ、それまで土岐と斎藤の間に平穏が続けば、だがな」
「……何か言いました?」
「……いいや、今日は我らにとって記念すべき日だ。無理をしない程度に祝おうではないか」
こうして私は、美濃国の若き守護、土岐頼純様の妻になった。
頼純様は、思ったよりもずっとマトモそうな人だし、私の新婚生活もそこまで悪いものにはならなさそう……かな?
……でも、まだまだ不穏な気配はあちこちに満ちている。
きっと、私が嫁いだ程度ではこの美濃の戦乱が収まることはないのだと、悲しいけれどそう思っている私がいるんだ。




