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えくすとら

 逃げ続けていたれは、ついに地にした。

 残された時は少ない。


 付き従うように動かしていた土偶の列も、すでにない。

 ひとつ残らず道中でばらばらと崩れ、土に還った。


「……!!!」


 鬱蒼うっそうとした山中。

 遠くから叫び声。


 其れが推定した以上に、追っ手は近かった。

 しかし満足を覚えていた。


 こうして奴らをひきつけるために、あえて逆の方角に遁走とんそうしたのだ。

 遠目には"ヒト”に見えるよう造った、ひと群れの土偶を引き連れて。


 充分に時間と距離をかせげたはずだ、と。

 己を埋葬するように体に土を被せた。


 仮に其れが立ち上がったなら、体高はヒトの背丈をゆうに越しただろう。

 しかし複数の歩脚は、今やほとんどが千切れており、用をなさない。

 八つ目も半数は潰されていた。


 もはや、ここから動くことはないだろう――永遠に。


「散開せよ! 総員、しらみ潰しに当たれ!!」


 怒鳴り声。先ほどよりも近い。


「隊長……! ここにも土人形のあとが」

「またか。なんのつもりだ、魔物め! 土くれで兵でも作ったか!?」

「し、しかし、襲ってはきませんでしたが……」


 其れには神通力があった。


 なぜかは知らないが、この世界のヒトが話す言葉は、すべて難なく"聞き”とれる。

 元いた世界では、長年かけて理解したものだった。

 初めは戸惑った。


 しかし――"世界を渡ってきたモノ”に神秘が宿ることは、珍しくないらしい。


 己にその知識をもたらしてくれた者は、無事に逃げおおせたのか。

 其れは案じながらも、土に埋もれ、ただ聞くことしかあたわない。


「この御剣にけて、逃すわけにはいかんのだ!!」


 あれは追っ手の首魁しゅかいだ。

 其れは思考する。知能があった。

 ただのヒトよりも、ずっと永きを生きてきた。もし世界をたがえずとも、だ。


 誇りがあった。

 おそれられ、崇められた。

 ここでも、元の世界でも。


 まもれると――思っていたのだ。


 いともたやすく壊れるものだと、其れは誰よりも知っていたはずなのに。


「光の女神のご加護が宿っているのだぞ!?」


 喚く声。


「いにしえの悪しきドラゴンさえ退けたという――それが、なぜ、このような名も知られぬ魔物ごときに」

「あの、隊長……」

「なんだ」


 ただす声。応える声。


「おかしく……ありませんか」

「何がだ!」

「その、闇の反応が……これほど無い、というのは」

「ああ、忌々しいことにな! これでは目視にて探すほかない」


 この世界には、魔の化生けしょうを嗅ぎつける方術ほうじゅつがある。

 ただし、其れには当てはまらなかったようだ。


「そ、そうではなく……あ、あれは、まことに魔物でありましょうか?」

「種によっては反応が薄いこともあろうが!! あの、おぞましくも醜い姿! あれが魔物でなくて、なんとする!?」

「し、しかし……御剣に怯まない魔物など……」

「貴様――何が言いたい?」

「……その…………光、の、反応が」

「黙れ!! 魔物が、光など、ありえない――あってはならない!」


 激昂する声。


「貴様も見たであろう! あれは土を操った。土は闇と親和性を持つ、ゆえに光とは真っ向から反する! 双方を操るなど」

「伝説級であれば……」

「このような土着の」

「も、もしや、奴らが言っていたのは、まことでは」

「たわ言を抜かすなッ!!――この世に『光の神』は女神のみだ。他は、存在してはならん」

「……」


 其れは黙考する。

 確かに神ではない――いや、神ではなくなった、と。


「いいか、女神は分け隔てなく、すべての人を救ってくださる」


 救えなかった。


 元の世界で己を祀り上げていた民。充足していた。安逸だった。

 だというのに、"やまと”を称するものが現れて、布告したのだ。


「しかるに女神を信奉せずんば、すなわち――」


 "汝等なむだち、まつろうべし。もなくば”――。


「"人に非ず”。後顧こうこの憂いなく、ことごとく滅ぼせとの、猊下げいかのお達しだ」


 ああ、まるで同じ繰り返しだ。

 恭順を強いられ、追われ――そして"征伐”された。


 我が民。護るべき、寄る辺なき民。


 だが、今回は、今回こそは救ってみせる。

 きっと己は、そのために、この世界に渡って――


「見つけましたあッ!!」


 新たな声。


「よし! どこだ!」

「奴らの足跡が!!」


 ――。


「逆の方角に! 複数の足跡が!! 数からして、おそらく残党はすべて」

「なんと!? くそ、まさか、あれは囮……」

「いかがしましょう……!」

「無論、追う」


 ――――。


「それが、奴らが逃げ込んだのは――"あの”呪われし地で」


 ――――――。


「なっ……あの、ドラゴンが呪詛じゅそを残したという……!?」

「ほう? はは、やはり蛮族というのは愚昧ぐまいなものよ」

「ええ。魔物の跋扈ばっこする荒野など、生きて抜けられた者はおりませぬ」

「まして……糧食りょうしょくなしでは」

「ふん、追う手間が省けたか。よし戻るぞ。報告せねばならん」

「よろしいのですか、その……魔物は」

「下知は果たした。あの死にたいでは、もはや為すすべもあるまい……」


 遠ざかる気配。

 おそらく周囲のヒトへは聴こえないだろう小声。



「愚かな……女神から逃れて生きられるほど、人は強くはない……」



 其れは、被った土をふるい落とそうとして果たせず、すでに霊力が尽きたことを知った。

 折れた歩脚では、己の胴体を持ち上げることすら叶わない。

 地に潰れたまま、体液が漏れ広がってゆく。


 共に逃げようといったのは、民をすべる長老だった。他の多くの者も準じた。


 それを拒否した。

 己の吐いた糸で編んだ布には、霊験れいげんが宿る。

 それで悪しき化生けしょうから、しばらくは身を護れと説いた。


 だが、その後は。

 己がいない状態で、効験こうけんはどれほど続く。


 逃がしたつもりだった――否。

 これでは民を、さらなる苦境へ、死地へ、追いやっただけだ。

 たとえもろとも討たれようとも、最期まで共に居ることこそが、真に選ぶべき道だった。


 己はただ、護っていたものが失われる様を――見たくなかっただけだ。


 同じだ。まるで同じだ。

 護れない。護れなかった。


 またしても己は民を見捨てて逃げたのか――!


 其れは声なき声で慟哭した。


 八本の歩脚のうち、無事だった二本を挙げた。


 己が神でないというならば。

 この世界に己を呼ばったものよ、『神』よ。



 今こそ――救いを。



 不思議と、元いた世界でも、ここでも同じだった。

 己に向けて、ヒトが二本の上肢の先を重ねる仕草。


 怪訝に思って意味を問うた己に、これは『祈り』だと答えて。

 笑った民を、慕ってくれた皆を、誰か――だれでも、いいから、どうか、



 ――――たすけて。



 時空を経て、次元を経て、世界を経て。


 其れが元いた世界、其れを祀った塚が取り壊され、跡地に建ったビルの中。


 同じ座標、同じ時限、同じ仕草をした、ヒトに。



 『祈り』は通じた。



 だから、これは――細い、とても細い蜘蛛の糸がつむいだ、ただの奇跡の話。





えんでぃんぐ。

 ――後の世。


 旧皇国の古い風土記を頼りに、冒険者が荒野に旅立った。

 魂なき魔物の徘徊する不毛の地に、"人”の住む可能性があると。


 ちょうど魔物の大陸と、人の王国が、和睦を進めている時節だった。

 魔物のなかには人と同等の魂を有するものがいると、このころには広く知られていた。


 たどり着いた地には、はたして村があった。

 平和で牧歌的な村だった。


 驚く冒険者に、村人らは誇らしげに語った。


 我々は神が下された食物を摂っている。

 そのため、並大抵の病気にはかからない。

 悪しき魔物に脅かされることがないし、善き魔物とは、よしみを結んでいる。

 また、村の周辺では不思議と作物もよく実るのだ、と。


 冒険者は伝えた。

 もはや荒野の外に迫害する国はなし、と。


 その夜――祝いの宴には、ついぞないほど数々の食物が下されたという。


 さらに後年。

 口伝くでんにより、その昔、村人らが追われた地が明らかになった。

 探索により、それまで彼らを守護していたという"神”の亡きがらが見つかり、今の村で手厚く供養された。


 村は、今では良縁をさずかる聖地として、巡礼者で賑わっている。


???のステータス:

クラス:デミゴッド級

ジョブ:氏神

ジョブスキル:【勧請】

ギフト:【天門開闔】【汎人語翻訳】

種族スキル:【機織】

固有スキル:【霓裳羽衣】


種族:ツチグモ



本編は、手を合わせる慣習が廃れぎみの近未来。

主人公は人前ではちょっと照れちゃって、やってなかったという。


最後まで読んでいただいて、ありがとうございました!

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