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えくすとら_ぼーなす

「『終生、共にあらんことを』」

 初めにあったのは怖気でした。


 今となってはおぼろげな心覚えですが。

 それでも思い出すと可笑しな心地にはなります。


 貴方は見上げるほど大きく、あまりに異形でした。


 あるいは吾は泣き出してしまったのかもしれません。

 そのときの貴方の心持ちは察するに余りありますね。


 山のふもとに暮らす村の衆を障りから護り、幸いをたまう方。

 神廟の奥におわす、尊き御身おんみ


 貴方を代々(たてまつ)る家筋でした。


 日々の世話をつかまつり、まがごとあれば伺う。

 畏れと敬いをもって崇める方――でした。



 遠い遠い昔の話です。



 山あいに構える神廟でした。


 白い巨岩――磐座いわくらを囲むように建てられた、神を祀る廟社。

 ふもとの村からは、いささか離れています。


 御簾みすの手前にかしこまり、向こうを透かして見ました。


御方おんかた、ご機嫌いかがですかー」


 問うてみれば、『悪くはない』と“声”が返ります。

 どこから発しているやら量りかねますが。

 悪くなりようがありません。


 なぜなら、ずっと鼓の音が響いていたからです。


 収穫祭がじきに迫っていました。

 鼓笛やかねを鳴らしては謡い舞い、行く年をぎ、来る年を寿ことほぐ。

 その打ち鳴らし方を前もって稽古するのは当たり前のことでしょう。


 つい笑ってしまいました。


「別に辛抱せずともよろしいのですよー」


 すると、『なんのことやら』と返事がありました。

 白々しい。


「どうせ吾しかおりませんのにー」


 ためらいの気配。

 御簾に映った影がわずかに揺れました。

 いっこうに止まぬ音が気になったのでしょう。


 手に握っていたばちを止めました。

 当然のことながら廟社の床に置いて吾が先刻から鳴らしていた鼓も静かになります。


「……」


 ふたたび叩きだしてみました。


 わざわざ祭で使う鼓を、えっちらおっちら廟社にまで担ぎ込んだのですから。

 いたずらに終わらせる気など、ゆめゆめありませんでした。


『其方は――』


 ばっと御簾がひるがえり、巨体がぬっと出て来ました。


 ふかふかした胴体と八本の歩脚。

 頭部に横並びしている八つ目は、正面の二対だけ大きい。

 つぶらなそれに見下ろされました。


『――己を虚仮こけにしておるのか』

「おう、滅相もない」


 笑って掌中の桴をくるりと回しました。


「もとより御方に奉げるものでしょうや。ならば御前で鳴らすのも道理かとー」


 いらえを待たずして、また叩き鳴らします。


 その音に歩脚がうずうずと動きかけました。


『し、しかしな』

「まあ、お好きにどうぞー。吾は稽古しているのみですからー」

『くっ』


 わなわな震えているのに見向きせず連打します。


 廟社に立ち入って貴方にお目通りできる者は常にひとりと古くから定められていました。

 代々貴方に仕り、村の衆を束ねる家筋の当主のみ、と。


 ただし跡取りだけは、あらかじめ引き合わされる習いでした。

 それは耐性をつけるためだったのでしょう。


 初めにあったのは怖気でした。


 童には見上げるほど大きく、禍々しさすら覚える異形でしたから。

 人ではありえない甚大な霊気も恐れに拍車をかけました。


 次に会ったのは跡目を継いだときでしたね。


 先代からは、くれぐれも無礼をはたらかぬようにと言い含められていました。

 気が張るあまりに息吹と気配を殺して廟社に参りました。


 そこで、まさか軽やかに踊る貴方を目にしようとは。


 第一脚をぶんぶんと振り回し、体を上下させ、ときに大きく跳ねて。

 着地した瞬間に目が合った。


 びしりと固まった姿をよく覚えています。


 まったく、運命の織り成しとは神妙なものですね。

 慌てて取りつくろう姿から、すでに威厳は失せていました。

 いつ思い出しても笑みが浮かんでしまいます。


 ――今になっても。


 神廟に響く鼓の音。


 観念した貴方が、とんとんと床を叩いて拍子をとって。

 そして、やおら踊りだします。


「せっかくですし、村の衆にも披露されてみてはー」


 手は止めず、愉しそうな姿を眺めながら伺ってみました。


 そのころには先代も天寿をまっとうしておりましたし。

 しきたりを破ったからとて神罰を下したりなどしない方だと承知していましたから。


 しかし『断じて否』との応えが返ります。


 仕方ないので少人数ずつ村の衆を呼び寄せ、連日こっそりと見学させました。

 そのためだけに他者の気配までをも隠す働きをみがきましたので。


 事を知った貴方が廟社の床に突っ伏すようにくずおれて悶えるさまは独り占めさせていただきましたが。

 しばらくは口を利いてくださいませんでしたね。


 今となっては、いい思い出です。


 そんなやり取りから数十年が過ぎました。


 そのころには貴方はふもとの村を気ままに歩いていました。

 行き合う皆から気安く声をかけられて。


 よく『畏敬はどうした』と嘆かれたものです。

 ともすれば『其方のせいだ』と詰られもしました。


 “神”に寄せられる信心の度合いは肝要です。


 ええ、貴方の本性は土塊つちくれでした。

 この世にまたとない、光を含んだ土精。

 神聖視されることで霊威が高まるのですから。


 だから『己が弱くなったのは其方のせいだ』と。



 それでも――今になっても後悔などしていません。



 貴方に仕えるようになってから、幾度も命じられ、そのたびに背いてきました。


 あの日。


 貴方は囮を請け負って皆を逃した。


 『ひとつだけだ』と。


 『最後に、ひとつくらいは従え』と云われた。


 聞く気などなかった。


 けれど、皆の気配を消して率いることができるのは吾だけだった。


 神廟から立ち上る黒煙と火柱。

 怒号と剣戟は、はるか背後に聞こえました。


 活路は“呪われし地”にしかなかったのです。


 悪しき化生の跋扈する荒野。

 尋常では人の踏み入れる領域ではない。

 貴方から賜わった聖なる布がなければ一日とて耐えられなかったでしょう。


 それだけではありません。

 聖壇を建てて皆で貴方を悼んでいたときです。

 たちまち食物があらわれたのです。


 新たな神の加護でした。


 口にすれば霊妙なご利益がありました。

 度合いは人によって異なりましたが。


 貴方の紡いだ縁だと不思議とわかりました。


 荒野を開墾し、善き化生とよしみを結び、新たな村は安住の地となりました。


 長い歳月が流れたころ、村に旅人が訪れました。


 長だと名乗れば大層に驚かれました。

 それもそのはず。

 人によって異なる効験は、吾に若返りを及ぼしていたのです。


 祭祀を司る直系の最後だったために加護が濃くなったのでしょうか。

 新たな神は何よりつつがなき身上を望まれました。


 祭祀とは神の意と人の意を仲立ちする行いのことです。


 だから吾は叶えてきました。

 いつだって、貴方の望みを。

 ご自身では認められなかった奥底の願いまで、すべて。


 たとえ悔やまれようとも。

 永遠に神座に隔てられるだけの在りようなど破るべきだった。


 旅人をもてなす盛大な宴が開かれました。

 荒野の外との縁が成ったのです。


 新たな神からは、これまでついぞ見たことのない絢爛たる品々を贈られました。

 村の首途かどでを祝ってくださったのだと皆が口々に慶んでいました。

 神の意をむ働きで察せられたことは胸に秘め、黙って笑っておきました。


 けれど新たな神がじかに賜う食物は、おそらくそれが最後となるでしょう。

 どうあれ“世界を渡る”ことは双方の天理を揺るがす大事です。

 もとより時の流れは迂曲していたようですし。さらに、あいだも隔たりつつありましたから。


 それでも村の衆の命脈をすべて繋いでくださった。


 聖壇の前に膝をつき、ひとり静かに手を合わせました。


「……」


 それから、いつしか身の丈を超える高さになっていた聖壇をあらためて見上げ、苦笑してしまいました。

 大工が張り切って誰にも止められなかったのです。

 壇上に供えてあった聖なる布を取るには踏み台に乗らなければなりませんでした。


 布から霊験はとうに失せていました。


 ただ美しい彩りと艶は変わりません。

 両手に広げてみました。


「……ずいぶんと、小さくなってしまいましたね」


 はじから少しずつ裁ったためです。


 荒野に棲む善き化生の多くは精緻な細工を不得手としていますから。

 布を見せれば決まって目の色を変えるので、稀有なものばかりと引き換えることができました。


 大切な布に手をかけるなんてと異を唱えた村の衆を説き伏せたのは吾です。

 だから――ええ、惜しむなど赦されないでしょう。


「……」


 どのような意匠に織るべきかを問われ、貴方自身をと推したのは――そう、それだけは確かに吾の望みでした。


 また数年が過ぎました。


 村を任せられる人員を育てるのに要した年数です。


 数人を引き連れて、山あいにいました。

 かつて神廟があったと思われる址には黒い土だけがありました。

 塊が鼓にも見えましたが崩れて定かではありません。


 鬱蒼とした山中。


 ふと何かに曳かれた気がしたのです。


 か細い導きを迷わず追っていました。

 道などありません。

 枝をはらい、藪を掻き、坂を滑り、そうして数日の後。


 その変哲もない地には、石がいくつか積まれていました。

 旧皇国の墓を思い起こさせる形様なりさまです。


 追いついてきた数人が首をかしげました。


墓碣ぼけつ……? いや、まさか、こんなところに」


 あり合わせで作ったような粗さではありました。


 地にひざまずき、次々と石をけました。

 ついに最後の土台を放ったとき。

 小さな影が飛び出しました。


「な!?」

「魔物か!」


 周囲を固めていた者たちが一斉に剣を抜きますが。


 吾は――手のひらに飛び乗った其れを眺めました。


 小さな八脚。

 八つ目は正面の二対だけ大きい。

 自然、じっと見つめ合います。


 傍らからは戸惑いの声が上がりました。


「……あの、長さま?」

「だ、大丈夫ですかっ?」

「もう吾は長ではないよ」

「あっ、そうでした」


 ここに連れてきたのは貴方にお目にかかったことがない者たちです。

 口伝でしか貴方を知らない者ばかりです。

 過ぎ去った歳月を思えばむないことでしょう。


 こちらを窺いながら小声でささやき合っています。


「もしや、あれが……」

「……しかし聞いていたのとは……」


 大きさもですが。

 貴方の溢れるようだった霊気は微塵も感じられません。

 そして“声”がなくとも、いつだって汲みとれた望みも何も、何も判らない。


「……」


 ちょこんと手に乗っている其れは、おとなしく動かず見上げてきます。


 八脚は最前の二対がやや大きい。

 その第一脚が、とんと手のひらを突きました。

 とん、とんと拍子をとって。

 脚を振って踊りだします。


「……は」


 手のひらがくすぐったい。


「はは、は……」

「お、長さま?」


「――どうやら衰えてないようですねー、御方」


 震えるのをこらえながら顔の前まで持ち上げます。

 ぴっと脚先を突き出されたので、お返しに指先で、つんと突きました。


 そうです。

 知られれば、また畏敬のどうのと拗ねられるでしょうが。

 吾は貴方が神だから仕えていたのではなかった。

 護られたから崇めたわけでもなかった。

 護ろうとしてくださった意気こそを慕ったのです。



 すべての力を失おうとも。

 貴方が、ただ貴方であるだけで、嬉しい。



 旅支度が済みました。


 すぐ村に戻ってはいかがかと幾度も請われましたが、しいて連れの者たちだけを帰らせました。

 表向きは古き守護神の亡きがらが見つかったとし、没地の土を布に包んだものを持たせて。


 依り代であることには違いありません。

 おそらく数年にわたって祈りを奉げられれば、徐々に霊力も戻るでしょう。


「まあでも、せっかくですしー。しばらくは世界を回ってみますかねー」


 新たな神の加護がじかに振る舞われる食物でなくなった代わりに良縁に恵まれるとされたことを知るのは、後年でした。


 肩に乗っている貴方を見やって、笑います。


「知らない曲や楽器にたくさん出会えると思いますよー」


 ぴっと脚を掲げられました。

 ええ。

 まったく“声”が聴こえずとも、笑い返してくれたことが、確かに判りました。


 どうぞ――貴方の今の望みが吾と同じでありますように。





 ⇒すたーとにもどる

長のステータス:

ジョブ:巫覡

ジョブスキル:【預言】【管絃】

コモンスキル:【鼓楽】【隠形─賦与】【吹奏】

固有スキル:【千秋万歳】


風采と物腰に騙されそうになるけど、わりとやり手らしい。


ちなみに弔いは最期の場所を突き止められる者だけが可能とか。

実はありありと手心を加えまくっていたとか、そういう。


ここまで読んでいただいて、ありがとうございました!

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