すてーじ_つー
ちなみに消えたのは用具の鍋ではなく、料理としての鍋だ。
ひとり暮らしであるからして、とりたてて調理過程を楽しむ必要はない。
スーパーで購入した出来合いのおでんセット、それに単発の具材を足して自動調理機にぶっ込み、完成したので深皿に盛って食卓に。
さて、いただきます、と手を合わせたところで中身が光って消えた。
中身が光って消えたのだ。
狙い打ちされているというのか……。
しかし二度めともなれば落ちついていられる。
予想どおりに、また光景が広がった。
今度は観察する余裕もある。
そこはどうやら洞窟のような場所だった。
底面は土や板などで水平に調整してあるようだが、天然らしく天井や壁は緩やかにカーブしていた。
前回と同じく台座の上で、まだ湯気の立つ具が、うまいこと木の椀におさまっている。
あらかじめ置いてあったようだ。用意のいいことで。
いや惨事にならなくてよかった。
なにせ、台には前回同様に敷布がかけられていたし、これがよく見れば精緻な縫い取りがしてあって、綺麗な光沢がある。
昔話に出てくる反物って感じ。
彼らが着ている衣服というには憚られる襤褸とちがって、染みひとつ附いていない。
汁がこぼれていたら顰蹙ものだったね。
あらためて台座全体を見て、なんとなく祭壇っぽいなと思った。
雰囲気的に。
その祭壇の裏側の少し高い位置から、彼らが頷き合って立ち上がるのを見守る。
具が取り分けられてゆく。
若い男女が優先されて、幼子や年寄りは後回し。
ああそうか、と気づいた。
確率と可能性だ。
未来をつなぐための取捨選択だ。
じきに亡くなるだろう者よりも、生き延びて子孫を残せる者に託している。
彼らは皆、一様に痩せていて小さい。
昔の日本人の身長は、成人男性でも160センチ未満がざらだったという。
遺伝ではない。摂取する栄養の問題だ。
幸福そうに微笑む彼らを見て、猛然と怒りが湧いてきた。
そこまで困窮していながら、なぜ間を空ける?
本当の死活問題じゃないか。
自分は一食や二食を抜いたところで、大した影響はない。
だが、彼らにとっては。
睨んでいるうちに光景はまたふっと消えた。
・
・
・
それからも同じ現象は、たびたび起こった。
数ヶ月に一度か二度。
決まって深夜帯で、ひとりきりのときに限られた。
だから他人に言うこともなかった。
冗談と取られるならまだしも、頭おかしいと思われたら困る。
証拠として動画に撮ったらどうかと、食事のたびに構えるということもした。
だが、そういうときは何も起こらない。
ずっと、何も起こらない。
作物の種だの苗だのを送ってみてはどうかと、添えることも試した。
しかし料理のみが光って消え、そうしたものは取り残された。どうやら調理済みでなければ持っていけないらしい。
どんな理屈だか知らないが、融通が利かないものだ。
だからやめた。
代わりに深夜の食事は常に多めに用意することにした。気休めだ。そして体重計は敵だ。せっかく作ったものを無駄にはしない。
貧乏性なのは根っからだ。
購入した種や苗も捨てるにしのびなかったので、土や肥料も通販して家庭菜園にしてやった。楽しかった。
経過とともに顔触れも変わる。いつの間にか最初の老人はいなくなっていた。
祭壇は全高がどんどん増していった。
いや、微妙に視界がさえぎられそうなので、そろそろ止めてはいかがか。
ただ、テーブルクロスみたいに祭壇にかけられている織物だけは、模様からして常に同じものらしかった。
とげみたいな線が八方へ伸びている意匠だ。
でも、汚れ防止のためか、いつも器の下にランチョンマットのような別の布が敷かれていて、全体像は窺えない。
太陽か何かかな?
ともあれ、人々の暮らし向きは改善されてきたようだった。
身にまとっていた襤褸切れが、洗いざらしの布の服に変わっているし。
緩慢だった動きも、きびきびとしてきた。
全体に血色もよくなった。
とはいえ、わずか一食の分量で集団がどうにかなるとも思えない。
おそらく見えないところでの彼らの努力が実っているのだろう。
・
・
・
だんだんと料理が趣味になってきた。家庭菜園が思いがけず豊作だったのだ。
俄然やる気になって、ついにレトロな直火コンロや調理器具まで通販してしまった。
会社には常に手弁当を持参している。ボリュームたっぷり。
そのせいで、同期の同僚がことあるごとに突っつきに来るようになった。
腹は立つが、食べ過ぎ防止と考えれば悪くはないか……。
なぜだか家族を褒めちぎるので、いや自作だと告げたら放心していた。
そんなに似合わないか。失敬な。
まあ、入社してからこっち、コンビニ三昧だったのを知っているからか。
恋人の手料理である可能性をほのめかしたら、即座に嘘だと否定された。失敬な。
・
・
・
久々に呼び出された(料理が)と思ったら結婚式だった。
何を言っているか分からないと思うが、自分にもよく分からない。
しかし精いっぱいに着飾った若いふたりが睦まじく寄り添って、こちら――つまり祭壇を見上げて、唱和している。
音声なしの映像のみでも、なんとなく察するというものだろう。
おそらく婚礼の儀式と、そして宣誓なのだ。
神官ぽい人がかしこまって、うやうやしく器を捧げもった。綺麗な彩色がほどこされた陶器に進化している。
粛々と祝詞らしきものを唱えている顔かたちは、どことなく以前いた老人に似ていた。おそらく血縁なのだろう。
そして力作のおかずを、宴の主役ふたりに分け与えている。
参列者は涙ぐんでいたりもするが、おおむね笑顔だった。
それから、締めとばかりに全員で膝をついて、こちらを拝んでいた。
唐突に気づいた。
顔を上げた花嫁は、最初のとき、まだ母親に抱かれていた幼子だ。
そうかと頷いた。
深夜のオフィスで、ひとり祝杯をあげた。
若きふたりのこれからを祈って。
行きつけのコンビニの安いカップ酒だけど。
そして光景は消えた。
直後に突撃してきた同僚に、空の弁当箱を見咎められた。知るか。
いつも量が多いのは副次的な結果であって、おまえのために余分に作っているわけじゃない。そのまま余したら勿体ないから、仕方なく恵んでやっているだけに過ぎない。
うるさい。なんで泣いてるのかとか聞くな。察しろ。
独り身が身にしみたとか適当なことを言ったら、ものすごく胡乱な目つきをされた上に、わざとらしいため息までつかれた。いちいち腹が立つ奴だ。
・
・
・
職場では近ごろ、私が弁当を自作しているとの噂が蔓延し始めた。
いや事実だし、別に隠してもいないが。
上司や、入社したばかりの新人は、趣味に目覚めたと説明すれば素直に引き下がった。
なのに同期の奴だけが、やたらと疑り深い。
本当に自作なのかとしつこく聞かれまくり、いい加減に鬱陶しくなったので自宅に招くことにした。
こうなれば疑念の余地を薄紙一枚も挟めぬよう成敗してやろうと決意し、持てる技術の粋を集めた。
渾身の出来栄えを食卓にどしどしどんどん並べてやったら、ようやく理解したらしい。
分かっているだろうが残さず食べ切れ、ひとりで。
と告げたら絶句していた。胸がすいた。
冗談だと告げて、向かいに座って手を合わせた。
いただきま――光って消えた。
ぜんぶ、まるっと、光って消えた。
なぜに。
条件が変わったのだろうか?
今までは例外なく、ひとりのときだけだったのに。
唖然としていた同僚が我に返って、喚き始めた。
なんなのかって、そんなのはこっちだって知りたい。
けれど、今までも。
そして、これからも。
分かる日は、おそらく永久に来ないのだろう。
ただひとつだけ確実に言えるのは――と、肩をすくめてみせた。
「これマジな話なんだけど、異世界に召喚されたんだ」
⇒こんてにゅー
あっちでは豊穣と縁結びの産土神として祀られてます。
その信心が本人にフィードバックされて、豊作&モテモテになってます。
しかし自覚はない。
主人公のステータス:
クラス:デミゴッド級
ジョブ:氏神
ジョブスキル:【賦活】
固有スキル:【五穀豊穣】【合縁奇縁】
ギフト:【天門開闔】【神饌】




