奴隷スタート!? 人間卒業と容赦ない鉄拳
※カズマさんの人権、ここに消滅。
「監査だぁ!?」
カズマは目を見開いた。
「偉い人の査察!? でも俺は地獄の判定を下された『非存在』だぞ! モップを持ったまま不法就労してるとこなんかに見つかったら……」
金髪の女神はパニックに陥り、自分の頭を両手で激しく引っ張り始めた。
「ヤバい、機械のミスを隠蔽したことがバレたら、私の永遠のバカンスはパーよ! 千年間、煉獄の受付係として働かされる羽目になっちゃう!」
自分が消去される差し迫った危険を察知し、カズマはソラの肩を力いっぱい掴んだ。
「おい、ソラ! 書類のごまかしなんてお前のせいで起きたんだぞ! 今や俺たちは一蓮托生だ。で、どこに隠れるんだよ、こんな引きこもりを隠し通せる場所なんてあんのかよ!?」
ソラは山積みのファイル、バケツ、そしてカズマの絶望的な顔を交互に見つめた。二人の脳裏で、極めて愚かで危険な作戦が静かに芽生え始めた。
――中に入れ! 今すぐだ、カズマ!
――待てよ、この役立たずの女神め……本当にここに押し込んで俺を餓死させるつもりか!?
クローゼットの中は狭く、樟脳と洗いたてのマントの匂いが漂っていた。ドアを閉めようとするカズマの必死の抵抗は、すぐ外側の廊下から響いてきた重い足音によって突然遮られた。
カチッ。カチッ。カチッ。
足音がゆっくりと近づいてくる。
ソラは凍りつき、喉の奥で息を詰まらせた。彼女は慌ててクローゼットの中に飛び込み、音を立てないように背中をドアにぴったりと押し付けた。
――やれやれ……こいつはまた、珍しいお客様ですね。
どこか芝居がかった男の声が響いた。
クローゼットの暗闇に押し込められたソラは、息を潜めた。クソっ。
視界の外で、カズマはゴクリと唾を飲み込み、息が詰まる思いだった。白銀の髪と隙のない笑みを浮かべた監査官を前に、少年の生存本能が危険信号を鳴らす。彼はあえて目を合わせることを避け、身を縮こまらせて、警戒しながらも下手に出た。
――お、お邪魔してます……。
カズマは引きつった声を絞り出し、プライドをかみ殺した。
監査官は首を傾げた。その笑みは微動だにせず、ほんのわずかに弧を広げただけだった。彼はゆっくりと滑るように距離を詰め、カズマの真上へと歩み寄る。冷徹な動作で腰を折り、少年の鼻先数センチのところまで顔を近づけると、冷たく目を細めた。
――「お邪魔しています」、ですか。で、君はいったい何者なのかな? ここが君の居場所だと、本気で思っているのかね?
カズマの顔が引きつった。
――な、何言ってんだよ、俺はただの……不法侵入のついでというか……。
その落ち着き払った態度とは裏腹に、鋭く研ぎ澄まされた手袋姿の手が稲妻のような速さで伸び、クローゼットの取っ手を掴むと、一気にドアを引き剥がした。中では、ソラが窮屈そうにうずくまっていた。
――やはり、隠れていたのは君でしたか。お二人とも、私の前に出なさい。
ソラは不承不承クローゼットから這い出し、作り泣きのような情けない顔を作った。一方のカズマは、従順な姿勢を崩さないまま、慎重に周囲の様子を窺った。
監査官は小さく息をつき、自身がつけているシルバーの腕時計に目を落とした。磨き上げられた額に、わずかな皺が刻まれる。
――おや、もう時間ですね……上層部とのミーティングに大遅刻だ。
男は小さく首を振り、いつもの皮肉めいた笑みを浮かべた。
――まあ、一度あの審判マシーンをくぐり抜けてしまった以上、別の世界へ再配属するほかないでしょう。とはいえ、事務的な手続きには三か月ほどかかる。それまでの間、ソラ、君が彼の面倒を見ていなさい。
彼はソラをまっすぐに指差した。
――それからソラ、溜まりに溜まった書類仕事から逃れられるなどと思わないことだね。
――えっ!? 私が……ですか……!?
ソラのこもった不満げな声が部屋の奥から響き渡り、大量の仕事を引き受ける羽目になった怒りを爆発させていた。
――では、失礼。
監査官は片手を掲げ、乾いた音を立てて指を鳴らした。
コンマ一秒のうちに、彼の周囲の空間が粉々に砕け散り、彼は一言の痕跡も残さぬまま、瞬く間に虚空へと消え去った。
カズマは誰もいない空間を見つめ、怒りで片目をピクピクと痙攣させた。
――あの野郎……。
ソラは奥から歯ぎしりをしながら、底意地の悪そうな暗い目を向けて呟いた。
――相変わらず、あのムカつく笑顔を貼り付けやがって。
「これから三ヶ月間、あなたはソラと共に過ごすことになります」
カズマは呆然としたまま、監査官が消去された場所を凝視していた。顔面は青ざめ、こめかみからは一筋の冷や汗が流れている。胃のあたりが嫌な具合にきりきりと痛んだ。
――いったい……あいつは誰なんだ?――カズマは震える声を押し殺し、あの男が自分をいとも簡単に圧倒した不気味な余裕を頭の中で必死に消化しようとした。――しかも、なんで俺の名前を知ってたんだよ?
ソラは腕を組み、倦怠感と深い不快感が入り混じった表情で彼に向き直った。
――彼はリュデウス。万物を見通す者よ。――彼女の口から出たその言葉は、まるで認めたくない不都合な実態を渋々語るかのようだった。――彼はあらゆる場所、あらゆる次元の出来事を、同時にすべて見ることができるの。だからこそ、ここに真っ直ぐやって来た……そして、あなたがこの場所に足を踏み入れたその瞬間から、あなたの正体をすでに知っていたというわけよ。
カズマの目が丸く見開かれた。
――すべて……?――彼はわずかに掠れた声で繰り返した。
――そうよ。
その瞬間、室内の空気が急激に希薄になった。強烈な熱気と悪寒が同時にカズマの背筋を駆け抜けた。まるで雷に打たれたかのように、記憶の奥底から極めて生々しく、絶対に思い出されたくない記憶が彼の脳裏へと無理やり侵入してきた。
遠くない過去の、生々しいワンシーンが、残酷なまでの鮮明さで頭の中に蘇ってきた。
混雑した電車の駅にある、息苦しくて異臭の漂う公衆トイレの個室。ねっとりとした夏の日の午後の暑さ。スマホの画面から流れる、下品な音声を立てるアニメのエロ動画、荒い息遣い、そして忙しなく動く片方の手……。
ドクン。
心臓の真ん中で、鋭く、暴力的で、押しつぶされるような痛みが炸裂した。突然の呼吸困難。誰にも言えないような情けない状況で、たった一人、こんな場所で突然死を遂げようとしているという愚かしい絶望感。
そうだ。カズマは心筋梗塞で死んだのだ……電車の公衆トイレの個室で、盛大にオナニーに興じている最中に。
そして、彼の意識が途切れる最後の瞬間に脳裏をよぎり、彼を執拗に追いかけ回したその思考が、再び猛烈な勢いで蘇り、喉の奥を焼き焦げさせた。
カズマは気だるげに床を磨き、ソラは宙に浮かぶ書類の束を吟味していた。
――なあ、ソラ。
――何よ。
――お前らって、ここで飯食うのか?
――食べるわよ、もちろん。
――なら、なんで誰も昼飯食ってるとこ見かけねえんだよ?
ソラは片方の眉を釣り上げた。
――職員のほとんどが霊的存在だからよ、このバカ。
――あぁ。
静寂。
――じゃあ、なんでお前クッキー食ってんだよ?
ソラが硬直した。
カズマが指し示す。
――起きてからこれで十二枚目だぞ。
――十三枚目よ。
――数えてやがったな!?
――あなたが数えたんでしょう!
彼女は目を逸らした。
――それが何よ。クッキーのどこが悪いの。
――お前、魂の審判を司る宇宙的存在だろ。
――ええ。
――なのに主食がクッキーなのかよ。
――そうよ。
――なんかこう、切なくなってきたぞ。
ソラは険しい顔をした。
――食べる?
カズマは目を丸くした。
――は?
彼女は見もせずに袋を差し出した。
――要るの、要らないの。
カズマは一枚掴み取った。
――サンキュー。
――勘違いしないでよね。
――わかってるよ。
二人は前を向いたまま沈黙した。
数秒後。
――これ、何の味だ?
――星。
――星に味なんかあるかよ。
――じゃあなんで聞いたのよ。
カズマは黙り込んだ。
――いい質問だな。
その日初めて、ソラは小さく吹き出した。
三ヶ月があの灰色の果てしない回廊で過ぎ去った。星屑とラベンダーの液体、そして毎日の小言に満ちた長き三ヶ月が。
――さっさと起きろ、この役立たずが! 起きろと言っているんだよ!
ズシンッ!
「グアァッ! 一体誰がドロップキックで起こすんだよ、似非女神がっ――!」
カズマは叫びながら床から跳ね起き、頬をマッサージした。
「だから似非女神じゃないって言ってるでしょ、このオタク変質者め! もうシフト始まって五分過ぎてるんだよ! そのデカいケツをさっさと上げて、資料の整理をするよ!」
ソラは背中を向け、軽蔑するように金髪を宙へ放り投げた。
こんな場所にずっと閉じ込められて、とモップを回収しながらカズマは思った。せめて何か絆のようなものが芽生えたと思っていたが……あのリュデウスが前回現れただけで、彼女はまた僕をゴミのように扱い始めた。すべてあの忌々しい秘密のせいだ……。
彼の思考はどうしても十五日前に引き戻されてしまう。
*フラッシュバック:十五日前*
「カズマ、審判の機械の周りをさっさと掃除しなさい! 次の魂のロットが到着するわよ!」
ソラは部屋のあちこちを駆け回りながら叫んでいた。
「地獄」の刻印を押された魂が文字通り灰になって消えるなんて、一体誰が思うか? 少なくとも僕はそこから逃げ切ったが……。
「何をしているのかね、若者よ」
「アァァッ――!」
カズマは一メートルほど飛び上がり、モップの柄を掴みしめた。
「一体どこから音もなく現れるんだよ、この老いぼれ幽霊がっ!? 心臓が止まるかと思ったぞ!」
「そうだな、若者よ。よく覚えておる……そう考えると、お前は心臓に関してデリケートな歴史を持っておるな?」
くそ。その瞬間、カズマの血が凍りついた。知っている。僕がどうやって死んだのか、こいつは正確に知っているんだ。
「心配するな、お前の秘密は私との間で絶対の秘密だ、カズマ」
リュデウスは手袋をはめた片手を唇にあて、洗練されていながらも恐ろしく皮肉な笑みを浮かべた。
「あなたたち二人して何をコソコソ話しているのよ――!」
ソラの声が部屋の反対側から響き渡り、雰囲気を切り裂いた。
「何でもありませんよ、ソラ嬢。我々はただ……期待値をすり合わせていただけです」
リュデウスはあの腹立たしいほどの穏やかさを崩さずに答え、少女の方を振り向いた。
「ご機嫌いかがかな? 相変わらずその……愛らしい背丈のままだな。下にはほとんど見えなかったがね」
「ちょっと待ちなさいよ、この老いぼれが!」
ソラは頬を膨らませ、額に血管を浮かび上がらせた。
「少なくとも私は全次元を歩き回るのに杖なんて必要ないわよ! もうすぐお年寄りで引退しなきゃいけないのはアンタの方でしょ!」
「誰に向かって話しているのかね、ソラ嬢。私の指パチン一つで君の存在を書き換えることなど容易いがね?」
「できるものならやってみなさいよ、ボケ老人!」
「お前ら、いい加減にしろ!」
カズマは二人の間に割り込み、あの次元を超えたドタバタ劇のダイナミクスにもはや疲れ果てていた。
「またオフィスを破壊し始めたら、魔法のホコリを掃除しなきゃいけないのは一体誰だと思ってるんだ? それにリュデウス様、彼女をからかうのはやめて、ここへ何をしに来たのかさっさと教えてくれ」
リュデウスは一瞬で威圧的なオーラを消し去り、肩をすくめると、静かにカズマの方へ歩み寄り、若者の肩に親しげに腕を回した。
「ああ、そうだった。主な理由をすっかり忘れていたよ……おめでとう、カズマ! お前の再起動に適した世界が見つかった。しかも幸いなことに、前世の記憶をすべて保持したままだ。ただし、その代わりに向こうで我々のためにいくつかの任務や頼み事をこなしてもらうことになるがね」
カズマは驚いてまばたきした。
「待てよ……僕はここから出ていくのか?」
ちらりと横を見ると、ソラはうなだれ、自分の靴のつま先を見つめていた。ちょっと待て……あいつ、もしかして……寂しがっているのか?
しかしその幻想はちょうどコンマ五秒で消え去った。
ソラは顔を上げ、勝利の笑みを浮かべながら彼を指さして叫んだ。
「あぁ、天に感謝するわ! お前が覗き穴から私を覗き見していないか確かめるために、急いで風呂に入らなшай(※入らなきゃ)いけないストレスからようやく解放されるわ! よくやったわね、おじいさん!」
「誰がおじいさんだ、この生意気な小娘めが――!」
ピピッ。ピピッ。ピピッ。
リュデウスの銀色の腕時計がくぐもった音を発した。監査官は画面に目をやり、優雅にスーツを整えた。
「さて、本日の私の時間は尽きた。カズマ、ちょうど十五日後に荷物をまとめて待っていなさい」
乾いた指パチンの音とともに空気が歪み、彼は跡形もなく消え去った。
*フラッシュバック終了*
現在に戻り、床を磨きながらも、あの日の記憶はまだカズマの頬を熱くさせていた。間近に迫った旅立ちのせいだけでなく、あの日、リュデウスが去った後にソラが記録の書を見つけ、彼の臨終の詳細を読んでしまったからだ。
あの午後に彼女が向けた嫌悪と軽蔑、そして静かな審判の眼差し……。
あれは決して記憶から消し去ることのできないものだった。
公衆トイレの個室で、スマホで下らない動画を見ながら心筋梗塞で死ぬなんて。
カズマは両手で顔を覆い、焼却炉に本気で戻りたいという衝動に駆られた。
お読みいただきありがとうございます!
まさかの「人間ですらない」宣告からの奴隷落ち……カズマの明日はどっちだ!?
次回、奴隷生活の幕開けをお楽しみに!感想やブックマークもぜひよろしくお願いします!




