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父の背中

――プロローグ


強さとは何だろうか。


敵を打ち倒す力か。


誰にも負けない才能か。


それとも、傷つかないことだろうか。


少年はそうではないと知ることになる。


本当に強い者は、決して恐れない者ではない。


決して傷つかない者でもない。


倒れそうになりながらも。


血を流しながらも。


失うことを理解しながらも。


それでも大切なものを守るために立ち続ける者だ。


少年は今、人生で初めて知ろうとしていた。


自分が守られていたという事実を。


そして、その重さを。


運命が牙を剥く時。


一人の父親は、ただ息子を守るために剣を握る。

視界がさらにぼやけていく。


それから、何かを感じ取った。


魔力(マナ)だ。


わずかな量。


消えかけの。


最後の一閃。


もし使えば……。


すべてが終わる。


だが、使わなければ――。


父さんが死んでしまう。


私は歯をくいしばった。


「父さん……」


ロベルトは戦い続けていた。


五人を相手に。


血を流し。


押されながらも。


それでも私の前を守っていた。


涙が顔の血と混ざり合う。


「くそっ……!」


私は震える手を持ち上げた。


もう一度だけ。


あと一つだけ。


「黄昏の霧よ(トワイライト・ミスト)――」


声はほとんど出なかった。


喉が焼けるように熱い。


「敵の目を覆え……」


拉致犯たちの周囲に、白い霧が爆発的に広がった。


「なにっ?!」「なんだ!」


「目が見えねえ!」


男たちはその場で攻撃の手を止めた。


ペルシバルが後ずさる。


「このガキ……っ!」


ロベルトの顔に、疲れ切った笑みが浮かんだ。


「よくやった……、息子よ」


それが、最後に聞こえた言葉だった。


手が力なく落ちる。


魔力(マナ)が消え失せた。


そして世界は、完全な暗黒に包まれた。


目を覚ますと、あたり一面が真っ白だった。


薬草の強い匂いが鼻をつく。


病院だ。


頭が痛い。


肋骨も痛い。


全身が馬車にひかれたかのように重い。


ベッドの脇、木製の椅子に座っていたのは母だった。


眠っている。


目元は腫れあがり。


真っ赤になっていた。


泣き疲れた深い痕が残っている。


胸が締めつけられた。


「母さん……」


か細い声が漏れた。


マリアが身じろぎした。


まばたきをする。


それから、目を見開いた。


「カ……カズマ……?」


途端に涙があふれ出した。


「カズマ――っ!」


母は私に飛びつき、強く抱きしめた。


「うわあぁぁんっ!」


「母さん、苦し……」


「よかった……! よかった、本当によかった……!」


母は見た目も気にせず、声を上げて泣いていた。


まるで子供のように。


大切な宝物をやっとの思いで取り戻した人のように。


「お前が死んでしまうかと……」


「母さん……」


何と言えばいいか分からず、ただ抱きしめ返すことしかできなかった。


母の体が小刻みに震えている。


数分後、マリアはやっと落ち着きを取り戻した。

彼女は涙を拭い。


深呼吸をして。


落ち着こうとした。


しかし、うまくいかない。


「それで……」


私はごくりと喉を鳴らした。


「父さんは?」


母の顔から表情が消えた。


一瞬だけ。


ほんの一瞬だけ。


だが、私には見えた。


心臓が冷たく沈んでいく。


「お前のお父さんはね……」


母は目を伏せた。


「悪党どもを倒してくれたよ」


少しだけ安堵が広がった。


「それに、シャルロット様もお救いになられた」


さらに大きな安堵。


だが、母の言葉は続いた。


「だけど、代償があまりにも大きかった」


世界が止まったように感じられた。

――あとがき


子供の頃。


父親という存在は、どこまでも大きく見えた。


転んだ時には手を差し伸べてくれる。


怖いものから守ってくれる。


そして、どんな時でも負けない存在なのだと信じていた。


だが、人は成長する。


やがて知ることになる。


父親もまた、一人の人間なのだと。


痛みを感じる。


傷つく。


血を流す。


そして、失うことだってある。


それでもなお。


大切なものを守るために前へ立つ。


恐怖を押し殺し、剣を握り続ける。


その背中は、誰よりも大きかった。


少年は無力だった。


悔しさに震えていた。


自分を責め続けていた。


だが、その感情こそが証なのかもしれない。


誰かを守りたいと願った証。


誰かを失いたくないと思った証。


そして――。


いつの日か、その背中に追いつきたいと願った証。


血に濡れた森の中で。


片腕の剣士はなお立ち続ける。


戦いは終わっていない。


運命も、まだ終わってはいないのだから。

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