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父の代償

――プロローグ


人は、本当に大切なものを失いかけた時に初めて気づく。


自分がどれほど弱いのか。


自分がどれほど無力なのか。


そして――


誰かに守られていたのかを。


少年は未来を変えようとしていた。


誰かを救おうとしていた。


自分の力で運命を覆そうとしていた。


だが、現実は残酷だった。


力の差はあまりにも大きく。


覚悟だけでは埋められない壁が存在する。


折れた骨。


流れる血。


迫り来る死。


その絶望の中で、少年は一つの真実を知ることになる。


本当に強い者とは何か。


そして、本当に守るということが何を意味するのかを。

動けなかった。


息すらできなかった。


何もできなかった。


もう終わりだ。


頭に浮かんだのは、ただその一言だけだった。


その時、俺たちの間に一つの影が飛び込んできた。


ガキンッ!


耳をつんざくような金属音が森に響き渡った。


剣が弾かれた。


一瞬、何が起きたのか理解できなかった。


それから、叫び声が聞こえた。


聞き覚えのある声だった。


――グァアアアッ!


俺の目が見開かれた。


――……父さん?


ロベルトが俺とパルシヴァルの間に立っていた。


いや……。


立っているのがやっとだった。


左腕が消えていた。


引き裂かれた肩から血が噴き出している。


切り落とされた腕が空中で回転し、数メートル先に落ちていった。


ドサッ。


俺の脳がフリーズした。


いやだ。


いやだ。


いやだ。


いやだ。


世界全体が凍りついたかのようだった。


――父さんッ!!


転生してから初めて。


何年ぶりかで。


俺は本気でパニックに陥った。


ロベルトはよろめいた。


だが、倒れなかった。


残された片手で剣を握りしめる。


そして、パルシヴァルを睨みつけた。


――触るな……。


かすれた声だった。


震えていた。


――……俺の息子に。


パルシヴァルが半歩後ろに下がった。


初めて、その顔から笑みが消えた。


「防いだのか?」


ロベルトは地面に血を吐き捨えた。


「首を狙うべきだったな」


誘拐犯は剣の柄を強く握りしめた。


「この化け物が……!」


俺にはもう何も聞こえていなかった。


俺の視線は肩に釘付けになっていた。


血に。


異常な量の血に。


父さんが死にかけている。


俺のせいで、父さんが死にかけている。


――父さんっ!


立ち上がろうとした。


体は言うことを聞かなかった。


折れた肋骨が激しく痛んだ。


再び地面に崩れ落ちる。


――立て……。


自分の声が震えていた。


――立てよ……。


父さんの腕が。


父さんの腕はもうそこになかった。


胃の腑がひっくり返りそうだった。


吐きたかった。


泣きたかった。


こんな悪夢から覚めたかった。


――俺が……俺が治してやるから……。


だが、自分の口から出た言葉を自分ですら信じられなかった。


魔力がない。


体力もない。


何もない。


俺にできたのは、ただ見ていることだけだった。


無力だ。


まただ。


視界がどんどん暗くなっていく。


血が目に入って滲んでいた。


ろくに見えない。


それでも、一つだけは見えた。


父さん。


まだ立っている。


たった片腕で。


たった一人で、五人を相手にしていた。


――父さん……。


俺の声は掠れ、か細い呟きになって消えた。


パルシヴァルが剣を回した。


「大したもんだ」


他の仮面の男たちは距離を保ったままだった。


誰一人として急いで踏み込もうとはしなかった。


「片腕を失ってなお立っているとは……お前は本当に化け物だな」


ロベルトは地面に血を吐き出した。


「前にもそう言われた」


「だが、それで状況が変わるわけじゃない」


パルシヴァルが踏み込んだ。


ガキンッ!


剣と剣が激しくぶつかり合う。


ロベルトは数メートル後ろへと滑った。


両足が地面に深くめり込む。


それでも倒れはしなかった。


くそっ……。


体が動かない。


立ち上がれない。


助けられない。


何もできない。


まただ。


いつも同じだ。


いつも誰かが俺のせいで傷ついていく。

――あとがき


少年は強くなった。


剣を学んだ。


魔法を学んだ。


必死に努力を重ねてきた。


だが、そのすべてをもってしても届かない背中があった。


父の背中だ。


絶望の淵に立たされたその時。


少年が諦めかけたその時。


一人の男が立ちはだかった。


自らの腕を失ってなお。


血を流し続けてなお。


倒れることを拒み続けた。


それは強さだった。


才能ではない。


魔法でもない。


ましてや運命の加護でもない。


誰かを守り抜こうとする、ただそれだけの強さ。


だからこそ少年は理解してしまった。


自分はまだ弱いのだと。


まだ何一つ守れていないのだと。


そして今。


片腕の剣士は五人の敵を前に立つ。


その背中が倒れるのが先か。


少年が再び立ち上がるのが先か。


運命の歯車は、容赦なく回り続ける。


だが、この戦いはまだ終わっていない。

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