↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
23/29

天才は嫌いだ

――プロローグ


強くなった。


そう思っていた。


剣も。


魔法も。


そして、未来を知るという優位さも。


以前の自分とは比べものにならないほど成長したはずだった。


だが、現実は時として残酷だ。


本当に強い者を前にした時、その差はあまりにも無慈悲に突きつけられる。


少年はまだ知らない。


目の前にいる男が、ただの誘拐犯ではないことを。


そして、この戦いが本当の意味で始まろうとしていることを。

ドーンッ!


その強烈な蹴りが、まともに俺の体を捉えた。


肺の中の空気が一気に押し出される。


俺の体は勢いよく前方に弾き飛ばされた。


だが、その瞬間、俺の脳裏にとある可能性が過よぎった。


――シャルロットにもあの攻撃が直撃してしまう。


考えるより先に。


悩むより先に。


何の計算もなく。


俺はありったけの力を振り絞って彼女を抱き締め――。


そのまま上空へと投げ飛ばした。


「――っ!? ぎゃああああっ!?」


少女は悲鳴を上げながら宙を舞った。


遥か頭上へと放り投げられていく。


一方の俺の体は、そのまま地面を転がり続けた。


何度も何度も転げ回り、荒々しい石や土が衣服を引き裂いていく。


あまりの激痛に、まともに息も吸えなかった。


「ゴホッ……! ゲホッ……!」


必死に起き上がろうとする。


だが、体が言うことを聞かない。


視界がぐらぐらと揺れていた。


男は足を止め――。


じっと俺を見下ろした。


それから、空中でぽつんと浮かぶように飛んでいく少女へと視線を移す。


その顔には、完全に呆気に取られたような表情が浮かんでいた。


「何だぁ……?」


数秒の間、目の前で起きた光景を信じられないといった様子で、男は固まっていた。


「このクソガキが……」


彼は頭をポリポリとかいた。


「おいおい、そんな大怪我を負うような蹴りを受けておいて、一番最初にやることが女の子を場外へぶん投げるとはな……」


俺は痛む体をどうにか起こし、両膝をついた。


激しく咳き込みながら、必死に酸素を肺へと取り戻そうとする。


男は相変わらず不審な目を向けたまま、俺を見据えていた。


しかし、その瞳にはどこか奇妙な困惑の色が混じっている。


空の彼方では、シャルロットの体が最高点に達し――。


ほんの一瞬、途方もなく長く感じられる静止の時間のあと、ゆるりと落下を始めた。


男は落ちてくるシャルロットを軽々と受け止めた。


少女は着地するやいなや、必死にもがいて暴れ出す。


「なっ、離しなさいよ!」


男はその抵抗を完全に無視した。


彼の視線は、ずっと俺に釘付けになっていた。


「…………」


戦闘が始まって以来、初めて――男は心の底から驚いているように見えた。


「お前……あの女の子を放り投げやがったな」


俺はごくりと唾を飲み込んだ。


「…………」


「蹴りが来るのを見て、庇うためにあんな真似をしたのか」


男は腕の中のシャルロットを一瞥し――。


再び鋭い視線を俺に戻した。


「自分がモロに直撃するって分かってたはずだろ」


胃のあたりがぐんにゃりとねじれるような感覚がした。


それは問いかけなんかじゃない。


ただの冷徹な事実の確認だった。


男は数秒間、じっと沈黙を守った。


「いくつだ、お前」


「三つ……」


男の目が細められた。


「嘘をつけ」


背筋を冷たいものが這い上がっていく。


人生で初めて――。


目の前の男に、心の底から値踏みされているような恐怖を覚えた。


「なぁ、ガキ」


男はシャルロットを片手で軽く抱えながら、じろりと俺を見据えた。


「俺はな、天才ってやつが嫌いでね」


彼は不敵に笑った。


それは普段の不遜な笑みではない。


戦いの結末がすでに決まったと確信した人間が見せる、底冷えのする笑みだった。


「だから、殺す前にたっぷりと可愛がって教えてやるよ。身の程ってやつをな」

――あとがき


少年は走った。


守るために。


未来を変えるために。


自分よりも大切な誰かを救うために。


だが、その想いだけで埋められるほど、力の差は小さくなかった。


圧倒的な実力差。


圧倒的な経験の差。


そして何より、相手は少年をただの子供として見ていなかった。


一つの選択。


一つの行動。


それらすべてが、男の興味を引いてしまったのだ。


「天才は嫌いだ」


その言葉は単なる悪態ではない。


それは獲物を見つけた猛獣の宣告だった。


そして今。


少年は初めて知ることになる。


本物の強者が持つ恐怖というものを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。