運命との逃走劇
――プロローグ
人は運命を知ったとき、どう行動するのだろうか。
目を背けるのか。
逃げ出すのか。
それとも立ち向かうのか。
少年はすでに答えを出していた。
六十六日。
剣を振るい続けた。
魔法を磨き続けた。
迫り来る未来に備え続けた。
そして今、その日がやって来る。
運命の書が示した街。
運命の書が示した少女。
運命の書が示した襲撃。
すべてが現実になろうとしていた。
だが、未来を知ることと、未来を変えることは同じではない。
少年の選択が正しかったのか。
それとも、運命の掌の上で踊らされているだけなのか。
その答えは、まだ誰にも分からない。
ただ一つ分かっていることがある。
運命は、もう始まっている。
僕は待ち続けた。
馬車は木々に囲まれた土の道を走っていた。
荷箱の陰に隠れていたせいで、外はほとんど見えなかった。
絶え間ない揺れで、全身が痛んだ。
――これは最悪の手だった……。
その時、怒声が響いた。
――敵だ!
――お嬢様をお守りしろ!
僕の心臓が凍りついた。
――何だって!?
次の瞬間、馬車は急停止した。
金属がぶつかり合う音が外から響いてきた。
ガキイッ!
ガキイッ!
ガキイッ!
衛士たちが戦っていた。
僕は馬車の隙間へと走り寄り、外を覗き見た。
複数のフードをかぶった男たちが伯爵の騎士たちに襲いかかっていた。
――そんな……。
本の通りだった。
今日だ。
ここだ。
馬車の扉が荒々しく開け放たれた。
盗賊の一人が乗り込んできた。
――見つけたぞ。
シャーロットは怯えて後ろへと下がった。
――ち、近づかないで!
――来てもらうぞ。
男は彼女の腕を掴んだ。
彼女は抵抗しようとした。
無駄だった。
男のほうが圧倒的に力強かった。
彼はお構いなしに彼女を馬車の外へ引っ張り出した。
――くそっ!
考えている暇なんてなかった。
僕は隠れ場所から飛び出した。
走った。
馬の足の間をすり抜けた。
倒れた衛士を避けた。
そして、二人のもとへと追いついた。
――おい!
誘拐犯が首を巡らせた。
――はあ?
その瞬間、僕はシャーロットの手を掴んだ。
――走るぞ!
――なっ!?
返事を待つ暇すらなかった。
僕は即座に魔法を発動させた。
――重量軽減!
僕の身体が軽くなった。
嘘のように軽かった。
両足が弾けたように前に進んだ。
周りの森が飛ぶように後方へ流れていく。
息が激しく乱れた。
一歩踏み出すたびに足が焼け付くように痛んだ。
それでも僕は走り続けた。
シャーロットを抱え込んでいた。
――ま、待って……! あなたは一体誰なの!?
――あとで説明する!
――私を誘拐する気なの!?
――助けてるんだよ!
僕は走り続けた。
軽化魔法のおかげで身体は羽のように軽かった。
だが、その限界も分かっていた。
あと数秒だ。
もう数秒だけ。
これを過ぎれば僕の魔力は底をつく。
この速度を維持するエネルギーは残っていなかった。
背後から、足音が迫ってくるのが聞こえた。
一層速く。
一層近くに。
僕の胃がキュッと縮こまった。
――くそっ……。
追いつかれていた。
突然、背後に影が覆いかかった。
――捕まえたぞ!
反撃する間もなく、腹部にえぐられるような激痛が爆ぜた。
――あとがき
運命は動き出した。
少年は知っていた。
襲撃が起こることを。
少女が狙われることを。
そして、自分が介入しなければならないことを。
だからこそ、彼は動いた。
誰よりも早く。
誰よりも無謀に。
誰よりも必死に。
だが、未来を知っていることは無敵を意味しない。
力が足りなければ。
速さが足りなければ。
覚悟が足りなければ。
運命は容赦なく牙を剥く。
少年は確かに成長した。
以前より強くなった。
以前より賢くなった。
それでもなお。
彼の前に立ちはだかる現実は、あまりにも過酷だった。
伸ばした手は届くのか。
守ろうとした未来は掴めるのか。
それとも――。
運命は再び、定められた結末へと収束していくのか。
その答えは、まだ誰も知らない。
ただ一つ確かなのは。
少年の戦いは、まだ始まったばかりだということだけだった。




