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運命への潜入

――プロローグ


六十六日間。


少年は剣を振るい、魔法を学び、来るべき日に備え続けた。


そして今。


運命の書が示した場所へ、ついに辿り着く。


シュラーデン市。


人々の笑い声が響く街。


活気に満ちた大通り。


何の変哲もない平和な日常。


だが、その裏側では確実に運命の歯車が回り始めていた。


残された機会は、たった一度。


少年はまだ知らない。


この小さな一歩が、誰かの未来を大きく変えることになることを。

老人は数秒間ぼくをじっと見つめてから、懐かしそうな笑みを浮かべた。


「なぁ、坊主……お前を見ていると、若い頃の父親を思い出すよ」


「本当かい?」


「ああ。お前のおっ母さんといつも一緒だった。あの頃の二人は本当に離れがたかったもんだよ」


「じゃあ、子供の頃からの幼馴染みだったの?」


「いや、知り合ったのはお互い大人になってからさ」


老人はふっと笑った。


「実を言うと、二人が結婚したときも驚きはしなかったね」


「ぼくは驚いたけど」と、ぼくは答えた。


「はははっ!」


老人は屋台に腕を乗せた。


「だがな、お前の父親にはいつも感心させられたことがある」


「なにが?」


「あの強ささ」


ぼくはまばたきをした。


「Eランクにはとても見えないだろ」


老人は豪快に笑い声をあげた。


「ははっ! お前もその話に引っかかったのか?」


「話?」


「ギルドのランクなんてものはな、実戦じゃあ大したあてにならないのさ」


ぼくの興味は一気に高まった。


「どういうこと?」


「この世界じゃあ、階級ってのは魔力の量に大きく左右されるんだよ」


老人は通りを歩く魔法使いたちを指さした。


「生まれながらに魔力の才能がある奴は、それだけで他の奴らより何歩も先を行ける」


「じゃあ、普通の剣士じゃ勝てないの?」


「普通はな」


老人はあごひげを撫でた。


「一般人が熟練の魔法使いとやり合うのは、まるで蟻が獅子に挑むようなもんだ」


ぼくの胃がキュッと縮こまった。


「そんなに差があるの?」


「それほどにな」


それから、老人はニヤリと笑った。


「だが、お前の親父は別だ」


「どう違うの?」


「魔法が一切使えん」


老人は笑った。


「それでも、純粋な肉体労働……じゃなくて、鍛え抜かれた力と技と勘だけで今日まで生き残ってきたのさ」


ぼくは黙り込んだ。


「公式にはEランクかもしれんがね」


老人は少し考え込むように視線を落とした。


「だが、もしロベルトの本当のランクを賭けるとしたら――」


ゲンゾウ老人は再び果物の整理に戻り、ぼくは通りの行き交う人々を眺めた。


馬車が街を出入りしている。


商人たちが声を張り上げて商品を売り込んでいた。


子供たちが屋台の間を駆け抜けていく。


すべてが普段通りだった。


普段通りすぎて、逆に不気味だ。


その時、一人の婦人が店先に近づいてきた。


「おはよう、ゲンゾウ。今日のリンゴは新鮮かい?」


「この街で一番の代物さ!」と、老人は満面の笑みで答えた。


女はリンゴを一つずつ念入りに調べ始めた。


「これ、傷んでるじゃないか」


「そんなはずはない」


「傷んでるよ」


「じゃあ、リンゴの自業自得だな」


「なんだい、リンゴの自業自得って!」


「勝手に転がり落ちたんだろ」


二人が殺人リンゴについて言い争っている隙に、ぼくはそっと周囲に視線を走らせた。


老人は完全に気を取られている。


今だ。


ぼくはゆっくりと立ち上がった。


一歩。


二歩。


三歩。


何の反応もない。


さらに数歩。


よし。


それから最初の角を曲がり、


全速力で駆け出した。


「ごめんよ、じいさん!」


景色が飛ぶように後ろへ流れていく。


本に書かれていたホテルの名前は、もう何度も頭に叩き込んでいた。


何週間も。


丸何週間もかけて。


忘れるはずなんてなかった。


露店を通り過ぎ、


衛兵から距離を取り、


賑やかな広場を突っ切る。


そして、ついにそれを見つけた。


上品な建物の掲げられた、黄金の看板。


ぼくの心臓が早鐘を打つ。


「あった!」


間違いなく、あのホテルだ。


同じ名前。


同じファサード。


本に描写されていた通りの場所。


ぼくは慌てて電信柱の陰に身を隠した。


数分後、豪華な馬車が入口の前にピタリと停まった。


側面に描かれた紋章が、一瞬でぼくの目を釘付けにする。


フォン・シュラデン家。


胸の鼓動が激しさを増した。


「やっぱりだ……」


従業員たちが慌ただしく走り出て、客たちを出迎える。


馬車の扉が開き、


二人の護衛を引き連れた一人の金髪の少女が降りてきた。


遠目からでも、すぐにそれと分かった。


シャルロットだ。


「さて……」


ぼくは拳を固く握りしめた。


「どうする?」


ぼくはまだ三歳の子供だ。


のこのこ歩み寄って、「いやあ、君の命を救うために天界から転生してきた者なんだ」なんて言えるわけがない。


そんなことをすれば、間違いなく不審者として即座につまみ出されるだろう。


その時、ホテルの脇に停車していたもう一台の馬車が目に入った。


荷台には、巨大な旅行用のトランクがしっかりと固定されている。


ぼくの目がきらりと光った。


「これだ」


馬車へと駆け寄る。


周囲をサッと見渡した。


誰もぼくのほうなんて見ていない。


タイヤを足場にして登り、


すかさず側面へと飛び乗った。


慎重に荷物の蓋を持ち上げる。


子供一人が身を隠すには十分な空間だ。


……まあ、ギリギリだけど。


「これでいい」


ぼくは中に滑り込んだ。


頭の上から蓋を引き戻す。


暗闇。


静寂。


そして、古びた革の匂いが鼻をつく。


トランクの隅で小さく丸まり、必死に息を殺した。


心臓がまるで太鼓のように激しく鳴り響いている。


いつこの馬車が動き出すか分からない。


そして、それが動き出した瞬間から――


ぼくは正式に、フォン・シュラデン家のホテルへと潜入することになるのだ。


「とんでもない無茶苦茶だな……」


ぼくは小さく呟いた。


一瞬の沈黙。


それから、深く息を吐き出す。


「まあ、ぼくの考える作戦なんて、いつもこうして無茶苦茶なんだけどさ」


これでより一層、物語の雰囲気が引き締まりましたね!他にも修正したい部分や進めたい展開があれば、いつでも気軽に言ってください。

――あとがき


運命の日は始まった。


だが、その幕開けは英雄らしいものではない。


剣を振りかざすわけでもなく。


魔法を放つわけでもなく。


少年が選んだのは、トランクの中に隠れることだった。


実に彼らしい始まりである。


しかし、どんな大冒険も最初は小さな一歩から始まる。


その一歩が正しいのか。


それとも最悪の選択なのか。


今はまだ誰にも分からない。


ただ一つ確かなことがある。


トランクの蓋が閉じられたその瞬間。


少年はもう、後戻りできない場所へ足を踏み入れてしまったのだから。

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